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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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2023年3月の記事一覧

決して見られることのない恋文

お久しぶりです。お元気ですか。 私のことを覚えていますか。 突然の連絡、驚かれたことでしょう。 この間、実家に帰った時、学生時代にあなたとやり取りした手紙が出てきました。 それで、懐かしくなったんです。それだけです。 と、言い切れれば良かったのですが、本当は違います。 会いたくなったんです。 もう、最後に会ってから、かなりの月日が流れました。その時の私達では、もちろんないでしょう。会ったとして、何を話すのかと、あなたは思われるでしょう。 私は知っていました。一緒にグルー

【短編小説】私達の距離は電車のドア二つ分

朝、駅のホームでいつもの電車を待っていると、隣の白線で示された箇所に、彼が立ち止まった。私が顔をあげると、こちらを向いた彼と視線が合う。お互いに軽く会釈をすると、そのまま視線を逸らした。 毎日、朝、同じ場所で、同じように電車を待ち、ホームに滑り込んだ電車に乗るのに、私達は言葉を交わしたことはない。 私が彼の存在を認識するようになったのは、3ヶ月前。 彼が背負っているバッグがあまり見たことがないもので、自分でも欲しいなと思ったからだった。黒のボックス型のものだったが、ブラン

【短編小説】結婚したからといって、いつまでも愛しているとは限らない。

「と思うんだ。どう思う?」 目の前の彼女は、一瞬キョトンとした顔をした後、フフフと笑い出した。 「そうかもね。」 「だろ?」 彼女は、俺を見ながら、日本酒を飲んだ。目尻はほんのりと赤いが、口調ははっきりしているから、それほど酔ってはいないのだろう。ただ、普段よりもよく笑っている。気分はいいのかもしれない。 「普段からそんなこと考えてたの?」 「いや、今、突然思い浮かんで。」 「好きになって、この人とずっと一緒にいたいと思って、結婚するんだろうけど。ずっと相手にときめく

Official髭男dismの「Subtitle」にインスパイアされてみた話

【短編小説】インスパイア 「Subtitle」 春が来た。 日差しが温かくて、公園のベンチで座っているだけでも、その温かさに眠くなりそうだ。隣に座っている佳奈美のおかげで、寝るわけにはいかないのだけど。 「私、春は嫌い。」 「何で?温かくて、僕は好きだけど。」 「春は別れと出会いの季節というでしょ?それが嫌い。」 「確かに他の季節よりは、別れと出会いが多そうだけど。」 佳奈美は僕にノートを差し出してきた。よくある大学ノート。でも、これにもう何かを追加することはない。

【短編小説】私も恋愛というものをしてみんとてするなり。

「恋愛しなくても、人は生きていけるよね?」 と尋ねたら、目の前の彼は、嫌そうな顔をする。 きっと、また変なことを言い出したと思っているのだろう。 でも、私がそんな事を話せる相手は、彼しかいないのだから、話には付き合って欲しい。 「人生の必須要件ではないからね。」 彼は渋々といった様子で、私の質問に答えた。私の唇は弧を描く。何だかんだいって、彼はちゃんと私の質問に答えてくれる。 「なら、なぜ皆、付き合うだの、別れるだの、そういう話をして盛り上がるんだろう?」 「それは