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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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2022年7月の記事一覧

【短編】長いようで短い僕たちの夏休み

嵐とは、学校の夏休みが始まると途端に会えなくなる。 彼が、毎年夏休みを使って、祖父の家に里帰りしてしまうからだ。彼の両親は共働きで、2人ともこちらに残っているというのに、彼だけは律儀に帰省していた。 だから、僕は、夏休みは楽しみなようでいて、とてもつまらないものだと思っていた。学校が休みなのは嬉しい。でも、一番の親友といってもいい嵐と、一緒に遊ぶことができないのが、つまらない。 高校3年生の夏休み。 突然、彼からSNSのメッセージが来た時には、その内容に目を疑った。 『

【短編】いつまでも既読にならなくて。

結婚して12年になる妻と、約束したわけではないけど、ずっと続いていることがある。それは、私が帰る時に、これから帰る旨を知らせること。 最初は携帯メールで、お互いスマホに変えてからはSNSで。 妻はスマホに変えるのが遅かったから、スマホにしてからはあまり使う機会のない携帯メールのメールボックスは、彼女とのやり取りでいっぱいになった。 「帰ります。」 「はい。気をつけて帰ってきてね。」 毎回、変わらないやり取りなのに、そんな些細なやり取りが愛しかった。他の人からは煩雑だと

【SS】困った注文 #たいらとショートショート参加作品

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」 店員が席に着いたスーツ姿の男女に向かって、問いかける。 2人はメニューを眺めた後、男が店員に向かって、口を開いた。 「水、麦芽などのデンプン源、酵母、ホップなどの香味料といった原料から作られ、主に大麦を発芽させた麦芽を、酵母によりアルコール発酵させて作る製法が一般的である飲み物をお願いします。」 次は女が店員に向かって言葉を紡ぐ。 「リキュールベースのカクテルで、クレーム・ド・カシスを30ml~45ml。オレンジジュースを適量。タ

【短編】スマホで電話はかけられません。

産休・育休で、合わせて10か月間の休みを取った私は、子どもを4月から保育園に預けられることになり、復職することになった。私は3月前半、夫が休みの平日に、彼に子どもを預け、会社に復職の挨拶をしに行くことにした。 会社の最寄り駅までは、今まで通りだったからよかった。 問題は、最寄り駅から職場の近くまで行くバスに乗ってからだった。 通勤時間帯は混み合うだろうと思って、わざと10時くらいに時間をずらしたため、電車もバスも混んではいなかった。窓側の一人席に座っていた私は、窓の外を見て

【連作短編】今日が誕生日の君に捧ぐ。Θ1

体の前に構えていたフルートから口を離す。 部活でいやって程演奏しているためか、安定して音は取れるようになってきた。やっぱり独学とは違う。 もし、彼女の前で演奏したら、その瞳をキラキラさせて聞き入ってくれただろうか。以前家に来た時に、初めて彼女の前でフルートを構え、音を出しただけでも、あんなに喜んでくれたのだから。 と思いつつ、もう彼女と会う機会は巡ってこないのだが。 僕はフルートをクロスで拭きながら、そう思った。 フルートを始めたのは、年の離れた姉の影響だった。姉は高校の

【短編】星空が見たくなって

急に星空を見たくなった。 だから、私は車を近くの山に向かって走らせた。実を言うと、私の住んでいる場所は、直線道路が多くて、しかも夜だから車も少なく、昼間以上に車を走らせやすい状態だった。 数十分車を走らせると、辺りは徐々に暗くなる。まず道路沿いのお店が少なくなり、畑ばかりになる。住宅もほとんど見られない。もちろん、街灯もない。 山の麓には神社がある。私は真っ暗な参道を走り、車で進めるところまで行くと、近くの駐車場に車を止めて、ライトを消した。 この駐車場は隣の店に付帯されて

【短編】タイムカプセル 後編

結局、予定した日に、有馬の実家に来ることができたのは、有馬と僕、そして、渡辺と佐藤の4人だった。 「4人か、少ないな。半分じゃん。」 「仕方ないよ。遠くに引っ越しちゃった人もいるし、それぞれの予定もあるんだから。」 「でも、もうちょっと集まると思ってたんだけどな。」 有馬が残念そうに告げると、渡辺と佐藤は、それぞれ苦笑してみせた。 その後、待ち合わせ場所に指定した喫茶店のサボンで、4人の近況を報告し合った。20年ぶりということもあって、話すことも多く、サボンでは2時間ほど

【短編】タイムカプセル 前編

中学生の時の友達から、本当に20年ぶりに連絡があった。 最後に会ったのは、成人式の前だろうか。 僕たちは、中学生の仲のいいメンバーで、私的なサークルを作っていた。サークル名も付いていたし、節目のいい時には集まろうと言ってさえいたのに、結局日々の忙しい日常に流され、そんなことを話していたことさえ忘れてしまい、30、40歳の時には会うこともなかった。 「実はさ、俺の実家無くなるんだよね。」 彼は僕と久しぶりの挨拶をした後、今回会おうとした趣旨を話し出した。 20年ぶりとはいって

【短編】ペディキュア

付き合っていた彼女に、いたずらで足の爪にマニキュアを塗られた。 ペディキュアというらしい。マニキュアを塗ることだけのことを言うわけではないらしいが、興味はないので、詳しく知るつもりはない。 俺の家には彼女が泊まりに来る度に、彼女のものが増えていた。 歯ブラシとか、スキンケア商品とか、マグカップとか。 マニキュアも複数置いてあって、その内のピンク色のものを、風呂上がりに、ニコニコ笑いながら塗られたのだ。 他の奴に見られたらどうすんだ。と言ったら、私以外に見る人なんていない。

【短編】永遠の親友 No.4 最終話

永遠の親友 No.4 最終話なぜ・・クリスが・・。 ファーは、目の前で盛んに眠そうに目をこすっているクリスの姿を見つめていた。 自分自身で眠らせたのだ。自分が眠りに入るか、術を解くかしない限り、目が覚めることはないのに。 「どうしたの、ファー?」 クリスが不思議そうに尋ねる。 『クリス・・なぜ・・。』 「ねぇ、大きなもみの木だね。ここが願いの叶うところなんだ。」 クリスは目を輝かせて言う。 「僕の願いも叶うかな。」 『そ、それは・・。』 『いいだろう。叶えてやろう。』

【短編】永遠の親友 No.3

永遠の親友 No.3カミュスの目の前には、巨大なもみの木が立っていた。カミュスは風に乱れた髪を直すと、その木を見上げる。 「期待以上の大きさだな。」 そのもみの木は他の者よりとびぬけて高く、胴回りは大人3人でやっと抱えきれるぐらいの大きさであろう。幹に触れるとざらっとした手触りが伝わり、強い木の香りが辺りに満ちる。青々とした葉が雪に映えて美しい。強風も、もみの木の近くに来るとふっとやんだ。 「どうだ。初めて見た感想は?」 「!」 カミュスが振り返ると、そこにはクリスを抱え

【連作短編】笑う女 吉川4

私は小さい頃からよく泣く人間だった。 変に負けず嫌いだったから、自分の思ったように物事ができないと、悔しくて涙を流した。 小学校の通信簿の備考欄に、「よく泣く子」だと書かれるほどだった。 よく泣く子は、よく泣く人間に成長した。 社会人になっても、些細なミスや上司からの指摘にも、涙ぐんだ。さすがにその場で泣くことはなかったが、トイレや人のいないところを探して一人で泣いた。 だが、このままではいけないと思い、あれこれ考えた結果、行きついた結論は、仕事以外の場で意識的に涙を流す

【短編】永遠の親友 No.2

永遠の親友 No.2「ありがとう。君が助けてくれたんだってね。」 人好きする笑みを浮かべて、クリスに礼を述べる彼は、雪国では見られない姿をしていた。漆黒の髪と瞳、浅黒い赤銅色の肌。思わずクリスはまじまじと彼を見つめた。 「君の・・名前は?」 「クリス、クリストファー。」 「私はカミュスヤーナ。ここからずっと南から来たんだ。」 そう言うとカミュスヤーナ、カミュスは目を細めた。まるで遠くを見つめるかのように。クリスは大きな青い瞳をくりっと動かすと、たどたどしくこう尋ねる。 「

【短編】永遠の親友 No.1

永遠の親友 No.1「クリス。クリス。遊ぼう。」 自分を呼ぶ声がして、クリス、クリストファーは皿洗いをする手を止めた。 「ファー?ちょっと待ってて、母さんから皿洗い頼まれちゃって。」 「皿洗い?」 勝手口から入ったのか、ファー、ファートリアンが台所に姿を現す。黒い髪に深緑色の瞳を持つ少年は、クリスの姿を見ると、大変そうだね。と呟いた。 「水、冷たいだろう?手伝おうか。」 「大丈夫。すぐ終わらせるから。いつものところで待ってて。」 金色の髪と青い瞳を持つクリスは、ファーを見て