一人ぼっちの引退試合 [ jokerの男 第12話 ]

 麻雀を止めると決めた日が3月。
 私は来春から都内の法律事務所に勤める事を決めた。


 運よく、永田町にある一流の法律事務所に就職が決まった。


 年の瀬になると準備や手続きで慌しい日々を送る事となった。
 しかし、上京をする資金として50~60万は用意しなければならない。

 アルバイトの時給が1000円にも満たない環境で月に300時間働く。
 学費や貯蓄、車にかかる費用や家に入れる金で好きに使える金は5000円もない。


 だが、麻雀があれば事足りる。


 以前にも増して過酷な環境で、私は麻雀を打ち続けた。


 あれほど愛した麻雀を。
 何よりも苦しんだ麻雀を、俺は止めるんだ……。


 そして、その日まであと一週間となった。
 目標には少し足りないが、何とか金も用意することが出来た。

 私は最後にライバルや仲間たちとセットを繰り返した。

 出だしは連続して沈んだが、次の3日間は勝った。
 そして、いよいよ訪れた最後の日――。


 「オーラス」。何万回も聞いた言葉だ。
 語源は判らないが、良い響きだよな。


 まさに、私はオーラスを迎えたのだ……


 その、オーラスで満貫を和了り、私はトップを取った。
 最後の牌、人生で最後の和了を噛み締めることが出来た。


 セットが終わった朝方6時ぐらいに散会し、私は部屋で1人缶ビールの栓を開けた。
 自宅で、それも1人で酒を飲むのはそれが初めてのことだった。


 終わった、これでもう全てが終わったんだ。
 昼前に引越しの業者が到着し、そのまま東京へ向かう準備を始めた。

 出来るだけ引越し費用を浮かせたかったので、業者を1人だけ頼み、後は私も手伝いとして業者のトラックで荷物と同行することにしていた。

 最後の荷を積み、激闘の日々だったこの地を後にして、トラックは関越道に乗り込んだ。


 昨夜の麻雀と引越しで疲弊していた私はトラックの助手席で寝入ってしまったようだ。高速の標識に目をやると、もう埼玉県に入っていた。


「就職かい――?」

 と運転手が声をかけてきた。私がそうだと答えると、運転手は笑顔を返し、音楽をかけ始めた。
 
 運転手は上機嫌で音楽を聞き入っている。
 私は携帯電話を使っても良いかと断り、荷物から携帯だけ取り出してメールを打った。

 メールの相手は橋健である。


「アナタがあの時にかけてくれた言葉を信じて、今日まで頑張ってきたよ。
 俺は少しでも期待に応えられたかな?

 俺の麻雀はここまでです。
 こんなに、これほどまでに熱い気持ちになる日々を送る事は、もう無いでしょう」


 それに返ってきた橋健のメールを見て、私はようやく彼と同じように現役を終えたことを実感した。


 運転手にもう一眠りすると言い、音のボリュームを下げてもらった。
 眠りにつこうとする私の頬には、この5年間で唯の一度も流さなかった涙が伝っていた。


 fin.


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