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理由 [ 幻影 第10話 ]

    街で勝ち続けていた私の前に姿を現した一匹の怪物……。

 ある頃から私はこの男の存在に脅かされるようになって行った。


 常に無表情で、微塵の揺れもないリズムで摸打を放つ男。
 この男を御そうと私は炎のような攻撃と鉄壁の対応を続ける。

 私の自摸和了で何度も突き崩そうと試みる。
 持てる全ての力で奴を叩き潰した。

 だが、奴は不死鳥のようにその何倍も自摸り返してくる。


 無表情で、颯爽と馬鹿みたいに高い手を炸裂させる。
 それは、枯れることを知らない無限の深さを持つ攻撃力だった。


 私は全精力を使い果たし、迎え撃つ。
 人知を超えた集中力や読みを駆使して、何とかいつもギリギリのところで私が打ち克つ。

 だが、奴は翌日もあっけらかんとした表情で私の前に座り続けた。


 私が勝てば勝つほど、強くなればなるほど、奴もまたそれ以上に力を増して来る。


 限界だ……。
 もうこれ以上の成績は残す事が出来ない。
 
 牌に生き続けた私の結論だ。


 もう、もうこれ以上は無理だ。
 俺にはもう勝利の犠牲に差し出すものがない……。


 3年、4年と毎月戦い続けた。
 最強の挑戦者との戦いに、私の身体と精神はとうに破綻を来たしていた。


 私が麻雀をやめたのは、もうこの男に勝つ自信が無くなったからだ。
 私は一度も負けなかった。

 だから、この先に負けを認めることを意識した瞬間に現役を降りることを決意した。


 此奴にはもう勝てない……。
 正確に言うと、此奴に勝つ努力を私にはこの先もう出来ない……。


 私は、生まれて初めて敗北を認めた。

 麻雀打ちである以上、90点という生き方は出来なかった。
 0か、100かだ。
  


 私が負けた相手は他でもない。
 それは、昨日までの自分自身だ。


 私の対面に座する男は幻影だ。
 完璧を求める私は昨日までの自分の分身と戦い続けた。

 先月の自分に、10年後の自分に負けることは許されない。

 昨日よりも強く成らなくてはならない。
 先月の成績を、先月の努力を上回らなければならない。


 今日以上に強くある自分自身の姿に、私は負けたのだ。


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