竜の道 [ 幻影 第11話 ]
もう、戻る事は出来ない……。
牌の道に生きるということは、再び全てを差し出すということだ。
今の生活も、役目も全て放棄しなければならない。
2年近く続けた勉強の成果を発揮する司法試験も3ヵ月後に控えている。
無論、試験は2年程度の勉強でどうにかなものではないが、大恩がある事務所の先生方の期待に応えたい。
こんな私にも人生を見守ってくれる家族が居る。
そして、今の私は独りではない。
麻雀を打っていた頃、精神的に未熟だった私は完璧を求めるあまり、最愛の身内を傷つけてしまう事があった。
それだけは、もう許されることではない。
私は久しぶりに深い眠りに落ちていたようだ。
夕刻近く、鼻腔をくすぐる甘い匂いに気付いて目を覚ました。
いつの間にか真梨香が部屋に来てくれていた。
私はすぐに起きて、身支度をするから食事に出ようと言った。
すると、真梨香が私の背後に身を寄せてきた。
真梨香の華奢ないつもの冷えた体から、強い力が感じ取れた。
「何か、あった……?」
「何かがあるのは、私じゃない……」
彼女の様子は明らかにいつもと違った。
私は友人と羽目を外して朝帰りしたことを叱責しているのかと思った。
真梨香は私を放すことなく、強い意志で回した腕に力を入れてきた。
「いつも甘えてばかりの私だけれど、一つだけ判ることがある……」
「……?」
「アナタが本当にやりたい事をやっていないと、アナタが幸せにしたい人も幸せになれないと思う……。あの日、あのとき私に言ってくれたように、好きに生きて欲しい」
私は無言で彼女を見返した。
それに応える彼女の瞳は全て諒解している色を含んでいた。
俺の、やりたい事……。
行きたい――、行ってみたいよ。
食えなくても、良い。
例え、幸せな結果が待っていなくても構わない。
それでも、生涯、麻雀打ちとして生き、麻雀打ちとして結末を迎えたい…。
私も真梨香に回した腕に力を込めた。
感謝の、気持ちしかなかった。
救われたのは実は私の方だったのだ。
全てを、差し出そう。
心や身体を切り売りする必要があるのならば、いくらでも捧げるよ。
この勉学に充ててきた時間は無と化すだろう。ようやく先が見え始めたこの仕事も。
“そう”なったら、俺はドブ水にまみれる。
誰にも理解はされない世界だ。
必然的に、最愛の真梨香とはおそらく……。
意味なんて、無い。意義も無いだろう。
人生なんてきっとそんなもんだ。
俺は、ただ、麻雀が打ちたいんだ……。
その夜、私の麻雀の原点である親友に電話を入れた。
誰よりも麻雀と向き合い、私に麻雀を教えてくれた後輩だった。
ある頃から、彼に認めてもらいたいためだけに強さを追い求める私が居た。
ずいぶんと歪な人格になってしまった。強さを求めるあまり、エゴも生じていた。
でも、奴に認められるような男に成りたいとずっと思っていた。
奴に、もしもう一度打てると言ったらどうすると訊いてみた。
すると、10年来の雀友である田中太陽は、そんなに嬉しい事は他にないと、言ってくれた。
この日、私は再び牌に生きることを決めた。
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