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プロのプロデュース(前編)

キラキラ輝く無数のフラッシュがおさまると、止まっていた時間は動き出す。

「以上です! お疲れさまでしたー!」
あいさつを交わして楽屋に戻ると、サナは鏡の前で一息ついた。広角の緊張を落としてようやく、トップモデルは普通の女性に戻った。
「はあ……疲れた。カラダのケアもラクじゃないわね」
外から見れば華やかな世界。プレッシャーやストレスは決して小さくない。

マナー、教養、愛嬌、向上心。モデルには求められることが多い。
「最近はガッツのあるモデルが少なくてねえ」
マネージャーの三杉さんもぼやくことが増えた。
「サナちゃんみたいに、期待に応え続けられる人って少ないのよ」
仕事がもらえるのはありがたいが、自分も永遠に続けられるわけじゃない。先を案じながら夜道を帰り、お風呂上がりに恋人のマモルと電話するのが最近の日課だった。

「モデル業も15年になるし、そろそろ次の世代の育成にも力を入れてみたら?」
同じ心配を何度も話すうちに、マモルの反応も絞られてきた。
「会社のイベントに来ていた子たちが、ガッツのありそうでね……」
マモルが経営している人材育成の会社では、若手の交流会を企画している。

今までなら、そんなことより自分の仕事に集中したかったはずだ。でも、モデルを始めて15年の節目、新しい選択を試すのもありだと思った。
それが混乱の始まりだった。

二週間後の朝、サナはカフェで面談したモデルの卵たちに絶望した。
うつむき加減でおどおどしたセイコ。
見た目に華がなくお喋りでごまかすユキ。
会話が抽象的で中身が見えないカスミ。
「プロの世界は甘くないわよ」と言いかけてグッと飲み込んだ。

サナ自身、女性を外見だけで判断したくなかった。
世の中はただでさえ男性社会。見た目も中身も完璧な女性を期待するから無理が出てくる。
「最近はガッツのあるモデルが少なくてねえ」
三杉さんの言葉が頭によぎった。外見はさておき、サナは三人のガッツを見極めることにした。

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次の日の夜、レッスンスタジオにモデルの卵たちが現れた。
「まずは簡単な姿勢とウォーキングのレッスンをしてみましょう」
サナは努めて笑顔と冷静さを保っていたが、前途多難な船出になることはわかっていた。レッスンの要所、質問やアドバイスに対する三人の反応に、欠点がよく現れていた。

「いえ、私なんて、ほ、ほんとたいしたこと、ないですから」
セイコ、まずは背筋と視線をまっすぐに直すことからね。

「カジュアルさがアタシの売りだから、やっぱり個性を活かしたいっすね」
ユキ、ファッションと言葉遣いを履き違えてるわ。

「女性らしくあるためには、美と食と健康と教養と感謝と……とにかく全部大事にしたいんです」
それでカスミ、あなたは何から手をつけるつもりかしら。

ツッコミを入れるとキリがない。冷静になるのよ、私。
彼女たちの立ち振る舞いを確認しながら、自分が積み重ねてきたキャリアを見つめ直した。姿勢、言葉遣い、時間管理、服装、身だしなみ、メイク、あいさつ……。随分たくさんのことを身につけてきたと思う反面、彼女たちに教えることの多さに圧倒された。

それでもレッスンが終わる頃には、サナはレッスンを続けようと思い始めていた。三人とも、文句や弱音を吐くことなく、できないながらもレッスンを楽しんでいたからだ。六ヶ月、レッスンを続けられるだけのガッツがあれば、三杉さんの期待には応えられるかもしれない。
そこから四人の特訓が始まった。

「もしもし、ユキ? おはよう。今日のレッスンは?」
「ほえ……はっ、あ、おはようございます! すみません、今起きました」

「カスミ、受け答えはシンプルに一言で済ませなさい」
「すみません。気をつけてるんですけど、想いがこもると伝えたくなって、でも考えがまとまらなくて余計に説明が……あ、また長くなりました」

「先週仕上げとくように言った自己紹介文、セイコだけ未提出よ」
「あ、はい……あの、自分のことがよくわからなくて……まだ、書けてません」

サナのプロ意識が空回りしたまま、あっという間に三ヶ月が過ぎた。
自分では当たり前だと思っていたことが、ほとんど伝わらなかった。教えるってこんなに難しいのか。サナも学ぶことがたくさんあった。同時に、モデル業の楽しさと意義にも改めて気付かされた。そして何より、一つひとつ学び取ろうと意欲に燃える三人の姿勢が嬉しかった。

こんな子たちが仕事で活躍できるようになったら、モデル業界は明るくなるはず。先々への期待を込めて、サナは三人を売り込む営業活動にも力を入れ始めた。お昼すぎと夕方、サナはモデル業のすき間をぬってオフィス街に飛び込んだ。

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「きっと御社のアピールに、彼女たちの熱意は力になれると思います」
「初見で評価するのは難しいかもしれませんが、きっとお客様にも喜んでいただけるはずです」
それまでトップモデルとして活躍してきたサナの頼みだからこそ、力になりたい人は多かった。
「サナさんが言うなら間違いないですね。クライアントに提案してみます」
事務所や企業の関係者たちからの感触は軒並み良好だった。

15年かけて積み重ねてきた実績と信頼が身を結んで、次の世代の仕事を生み出す。第二の人生が幕を開けたような気分でサナは家路に着いた。

(後編に続く)

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ハーフフィクション小説『思考と対話』〜人生に物語を、物語に人生に〜

発行元 : 株式会社福幸塾(www.fukojuku.com)
発行責任: 福田幸志郎(勉強を教えない塾じゅくちょう)

※ この物語はハーフフィクションです。
  登場する人物・団体・名称等は半分創作であり、
  実在のものとは……半分関係があります。
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