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2005 世界基準への挑戦(株式会社藤大30年史)

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「ISO認証?」

 夫からの提案に、ハルコは食事の手が一瞬止まった。
ISOとは、国際標準化機構(International Organization for Standardization)の略称である。製品の規格や製造のプロセスを標準化して、貿易や国際協力をスムーズにするための認証制度だ。世界的には1946年に設立され、日本では2000年代から少しずつ話題になり始めていた。

 ISOのことは、ハルコも業界の情報として知っていた。ただ、当時は身近な企業で実際に認証を受けているところが少なかった。ハルコたちの会社も、直接的に海外の企業と取引をしているわけではなかった。食事の手を進めながら、ハルコは自社の置かれている状況を考えた。

 有限会社フジテックスになってから、経営状態は安定している。借入金は完済し、仕事も継続的に請け負えるようになっていた。全員が現場に入る働き方は続いていたものの、従業員は36名に増え、着実に企業体として成長してきていた。

「……自分たちも取得してみようか」
 ためらいはなかった。「品質のフジテックス」を掲げているハルコたちが取得するとしたら、ISO9001:2000(品質マネジメントシステム)という区分である。これまで手探りで作り上げてきた仕事の規定や手順を進化させるには良い機会だ。取得できる可能性は十分ある。

 それに、国際的な規格で通用するなら、従業員たちの自信にもなるし、取引先にも箔が付く。ハルコは社内で提案し、実際に取り組んでみることにした。そこからが大変だった。

 全社員の同意を取り付け、取得を宣言すると、これが「キックオフ」となる。まずはISOに詳しいコンサルタントを招いて、定期的に勉強会を開催した。全員が初めての経験なので、専門用語を理解するところがスタートだった。

 当時のフジテックスは、全員が現場に入って納品や納期を間に合わせていた。ISO認証の取り組みがあるからといって、仕事に穴を空けるのは本末転倒だ。だから勉強会や資料作りは、現場仕事を終わらせてから始まった。検査業務では集中力を消耗するから、その後で頭を働かせるのはハルコも苦労した。

 ISOは、手続きや手順を踏めば必ず取得できるものではない。実際の業務に反映されなければ、認証は降りない。自分たちの品質管理の取り組みを言語化し、現場に当てはめて仕組み化し、活動報告にまとめる。いわゆる「PDCAサイクル」を地道にまわしていく姿勢が求められた。

 自分たちが定義する「品質」とは何か?
 国際的な基準の「品質」はどの程度のものか?
 フジテックスの現場に当てはめるとどうなるか?

 何度も実践と改善を繰り返していくことで、着実に経験とデータが積み重なっていった。自分たちの取り組みを言語化し、手順や規定を明確にしていくことで、フジテックスの品質管理は少しずつ輪郭を帯びていった。

◎ 業務や取り組みを「文書」として記録に残す。
◎ 「5W1H」を明確にしてエビデンスを具体化する。
◎ 新人や新しい組織でも再現できる「仕組み」にする。

 品質管理と向き合うことには、手間も負荷もかかった。現場に無理を頼み、取引先に頭を下げ、自分の体に鞭打つような日が続いた。それでもハルコたちがISO認証の取得にこだわったのは、品質にかける誇りと、従業員を守りたい想いゆえだった。

(きちっと明確にして記録しておくことは、いつか自分たちの身を守るはずや)

 そうして2006年8月、有限会社フジテックスはISO9001:2000(品質マネジメントシステム)を取得した。亀岡にある小さな組織でも、知識ゼロから始まった女性たちの会社でも、世界で通用するの品質基準を生み出せるということが証明された。

ハルコたちが乗り越えた壁は、いつか組織を守る盾となって、フジテックスをいつまでも支えていくことになる。早速、それが試される大きな時代のうねりが、ハルコたちの足元に忍び寄っていたのだった。

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(制作元:じゅくちょう)



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