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2006 変化への適応(株式会社藤大30年史)

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「今のうちに次の手を考えておいた方がいいでしょうね」
 取引先からの一言に悪意はなかった。むしろ、親切心ゆえの発言だった。

 2000年代前半、半導体関連の各メーカーが海外に拠点を移し始めていた。海外の安価な人件費を頼り、現地に工場を建て、製造や加工をおこなう。それは時代的な流れであり、フジテックスで請け負っている検査業務もいずれ影響を受けることが目に見えていた。

「早めに教えていただいて、ありがとうございます」
 あいさつのついでにそんな立ち話をしたハルコは、その日の納品をテキパキ済ませて取引先を出た。業界内でもそんな話は出ていたから、逆に心が定まったところもあった。ISO認証を取得したのも束の間、次に立ち向かう相手は「時代の変化」だ。

 当時アジア圏の製造業の人件費は、日本円にしておよそ月給7,000円。日本の賃金水準とは比べものにならなかった。にもかかわらず、各国の技術は大きく伸びていた。賃金差はそのまま、製造技術が追いついているとなると、メーカーの懐事情も変わってくる。急展開にはならないゆっくりした変化が、日本の下請け企業をじわじわ圧迫し始めていた。

(そうはゆーても……何したらええんやろなあ)
 帰りの国道9号線、渋滞をゆっくり進みながら、ハルコは頭を悩ませた。時代の変化はいつか必ずやってくる。でも、今すぐではない。慌てて舵を切らなくても、会社はすぐには傾かない。だからこそ逆に、新たな打ち手を考えるのは難しい。組織の内外を問わず、同意を得にくいのだ。

 フジテックス自体、下請けで指示を仰ぎながら生き残ってきた会社だ。自分たちで新しい何かを生み出した経験はまだない。果たして次の時代に生き残っていくことはできるのか? 会社の根幹が揺らぐような時代のうねりを感じたまま、ハルコは老ノ坂峠を越えて帰路に着いた。

 今までにない新しい何かをしないと生き残れない。しかし、何をすればいいかわからない。
ハッキリしているのは、何もしなければ、いずれ必ず36人の従業員が路頭に迷うということだ。ハルコには悩んでいる時間すらもったいなかった。

「私ら、何したらいいでしょう? 精一杯がんばりますんで教えてください」

 そうしてハルコは、まずこれまでのご縁を頼ることにした。尊敬している取引先や先輩経営者なら、きっと何か知恵を持っているはずだと考えた。どの企業だって、指を加えて時代の変化を眺めているだけではない。ハルコは納品や会食に顔を出しては新たな仕事の可能性を探った。

 目の前の困難を乗り越える手を打ちつつ、長期的には自分たちで何か新たに生み出していく。ハルコが描いたのはそんなシナリオだった。(むしろ、それはただの希望的観測でしかなかった。やがてハルコたちは10数年を経て新たな事業を立ち上げることになるのだが、この時はまだそのアイデアの片鱗すら存在していなかった。)

「それなら藤田さんとこで、ダイオードの組み立てをやってもらえへんか?」
 相談や営業を重ねていくうち、ある取引先から新しい仕事の提案をもらえた。レーザー発信機の部品の組み立てや加工の仕事だ。産業機械に配線される部分で、人間に例えていうなら血管の役割を担う重要なところだ。

「やります!」
 ハルコに迷いはなかった。
「だから教えてください!」
 知識もなかった。

 そもそも創業当初から、「得意分野」なんてものはない。目の前の人の期待に応えることで仕事になってきたのがフジテックスだ。取引先から仕事をもらうのも、従業員に仕事してもらうのも、「人」がいてこそ成り立つ。そこに余計なプライドが入り込む余地はなかった。だからハルコは謙虚に教えを乞い、感謝を示し、責任を背負ってきた。

「みんなががんばってくれてんねんから、どうにかせなあかん!」
 何かしないと生き残れない状況にあって、「何をしたいか」を考えている暇はない。大切なのは、「何をしないといけないのか」である。ハルコたちは客先の指示に従い、自分にできることを考えながら、社内に加工グループを立ち上げていった。

「なんで私がそっちにいかんとあかんのです?」
「今まで通りでは……時代の変化に淘汰されるからや」

 社内会議では、それぞれの同意を得るための話し合いが何度も行われた。慣れた検査業務から新たな加工業務へ移るのは、慣れない上に覚える負担も大きくなる。ハルコは一人ひとりの意見を受け止めながら、より大きな視点を理解してもらえるように対話を重ねた。当然、ハルコ自身も新しい加工の仕事を一緒に覚えていった。

(自分だけよかったらいい、やれることだけやってたらいい、じゃないやん)
 仕事終わりや月の終わり、疲れが出やすい時期ほど、ハルコは自分に言い聞かせた。そうして時代のせいにせず、できることに取り組んでいった先で、太田工場の建設が始まろうとしていた。それは、ハルコが経営者として試される「暗闇の3年」の幕開けとなるのであった。

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(制作元:じゅくちょう)



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