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こうさぎの読書日記マガジン

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こうさぎが書いた、本の紹介記事を集めました。
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2022年5月の記事一覧

思い出はいつも、「食べ物」とともに。/柏井壽「鴨川食堂」シリーズ

思い出の食を再現してくれる食堂。 あなたなら、何を再現してもらいますか。 「鴨川食堂」シリーズは、柏井壽さんの京都を舞台にした食べ物ミステリーです。連続ドラマ化もされた、人気シリーズとなっています。 「鴨川食堂」は、元刑事の鴨川流と、その娘のこいしが営む、看板のない食堂。そこには、人生に迷う人々が、“もう一度食べたい、思い出の食を捜してほしい”とやって来ます。鴨川食堂では、こいしがお客さんの話を聞き、流がその思い出の食を捜し出して、その料理を忠実に再現します。短編集ですが

「お探し物は、本?それとも人生?」/青山美智子「お探し物は図書室まで」

一歩前進する勇気をくれる、ほっこりあったかな連作短編集。 「お探し物は図書室まで」は、青山美智子さんの本屋大賞ノミネート作です。 人生に迷う人々が訪れる図書室。そこでは、狭いカウンターの中でちまちまと羊毛フェルトを作っている司書さんが、ぴったりの本をレファレンスをしてくれます。利用者からの話を聞いた司書さんは、少し変わった本をおすすめしてくれるうえ、さらに「本の付録」と言って羊毛フェルトを渡してくれるのです。そのモチーフが、人生の迷い人たちにとって何を意味するのか。明日へ

世界をひっくり返す連作短編/伊坂幸太郎「逆ソクラテス」

踏み出さなければリスクは少ない。けれど、得たいものも得られない。 一歩、前に! 「逆ソクラテス」は、伊坂幸太郎さんの作家生活20年を記念する作品であり、本屋大賞ノミネート作です。伊坂幸太郎さんといえば、「砂漠」や「重力ピエロ」、「ゴールデンスランバー」など数々の人気作を出版している作家さんであり、特に連作短編集はどれも魅力的です。 本作は、伊坂幸太郎さんにしては珍しい、「全ての短編の主人公が小学生」という連作短編集です。 「逆ソクラテス」 「スロウではない」 「非オプティ

閻魔大王の娘は推理ゲームがお好き。/木本哉多「閻魔堂沙羅の推理奇譚」

生き返りを賭けた推理ゲーム、10分間で「自分を殺した」犯人を推理せよ。 「閻魔堂沙羅の推理奇譚」は、木本哉多さんのメフィスト賞受賞作にしてデビュー作です。 突如殺人事件の被害者となって死んでしまった人々がやって来るのは、閻魔大王の娘・沙羅という少女がいる部屋。まだ生きていたい、という被害者たちに、沙羅はとある推理ゲームを持ちかけます。それは、「犯人が分かれば生き返れるが、分からなければ地獄行き」というもの。制限時間は10分。頼れるのは、死ぬ間際の自分の記憶だけ。文字通り命

夜明けの直前の暗さを抜けて/瀬尾まいこ「夜明けのすべて」

「夜明けのすべて」は、水鈴社創設初の単行本である、瀬尾まいこさんの書き下ろし小説です。瀬尾まいこさんは、「そして、バトンは渡された」で本屋大賞も受賞しました。こうさぎも大好きな作家さんです。 学生の頃からPMS(月経前症候群)によって毎月やってくる、抑えられないイライラに悩まされ、再就職した職場では周囲の理解を得ながら働いている美紗。ある日、美紗は、やる気がないように見える新人の山添君にあたってしまいます。しかし、山添君は、彼自身もパニック障害を抱え、生きがいも何もかも失っ

手仕事で紡ぐ、自然の温もり/伊吹有喜「雲を紡ぐ」

「雲を紡ぐ」は、伊吹有喜さんの高校生直木賞受賞作です。伊吹有喜さんは、「犬がいる季節」でも本屋大賞にノミネートされ、いま注目の作家さんです。 学校でのいじめがきっかけで不登校になってしまった美緒は、亡き祖母が織った「ホームスパン」と呼ばれる赤い毛布を被って、部屋にこもっていました。しかし、ある日、その毛布を巡って母と口論になり、かねがね憧れていた父の郷里・岩手県盛岡市の祖父のもとへ家出をします。そこで出会ったのは、羊毛を紡いで糸をつくり、それを染めて布を織る「山崎工藝舎」の

死者の言葉を聴く最後の手段/知念実希人「傷痕のメッセージ」

「傷痕のメッセージ」は、知念実希人さんの病理学がテーマの小説です。 知念実希人さんといえば、医療小説を数多く出版する作家さんであり、現役のお医者さんでもあります。「ムゲンのi」や「ひとつむぎの手」は、本屋大賞にもノミネートされました。 本作の主人公は、外科から病理診断科に出向している千早という女医です。彼女の指導医は、同級生だった病理医の紫織。外科と比べると遥かにのんびりした雰囲気の病理診断科に、千早はやや退屈な日々を送っていました。そんなある日、千早の父親が癌で亡くなり

幸せは歩いてこない/住野よる「また、同じ夢を見ていた」

「また、同じ夢を見ていた」は、「君の膵臓をたべたい」の著者、住野よるさんの第二作目です。 「君の膵臓をたべたい」は映画化もされ、若い世代を中心に大人気となりました。 今作は、おませな小学生・奈ノ花と、三人の女性たちの不思議な交流を描いた小説です。奈ノ花は、国語の授業で「幸せとはなにか」について発表をすることになり、彼女たちにアドバイスをもらいながら、幸せについて考えていきます。 この本はこんな人におすすめ①あたたかな読後感の小説が好きな人 ②人生に行き詰まっているように感

その瞬間の生命を、紙に写しとる。/砥上裕將「線は、僕を描く」

「線は、僕を描く」の著者、砥上裕將さんは小説家であり水墨画家でもあります。本作でメフィスト賞を受賞し、本屋大賞にもノミネートされました。 本作の主人公は、両親を交通事故で失い、深い悲しみの中にいる大学生の霜介。この物語は、彼がアルバイト先の展覧会の会場で水墨画の巨匠・篠田湖山に出会うところから始まります。その場で湖山に気に入られ、内弟子にされてしまう霜介。湖山の孫娘であり弟子の千瑛は、霜介に対してライバル心を剥き出しにし、「来年の展覧会で、『湖山賞』をかけて勝負する」と宣戦

舞いに懸ける熱き想い/河合ゆうみ「花は桜よりも華のごとく」

「花は桜よりも華のごとく」は、河合ゆうみさんの能楽がテーマの小説です。 河合ゆうみさんは、角川ビーンズ文庫より出版された「花は桜よりも華のごとく」(既に絶版しています)でデビューしました。今作は、それを大幅に加筆修正し、富士見L文庫で新たに出版したものです。 舞台は安土桃山時代。主人公の白火は、誰よりも能が好きな日輪座の若太夫。 そんなある日、日輪座が京での興行を打ち、白火の舞いが京で噂になります。それを聞きつけたのは、京一の舞い人、柚木座若太夫の蒼馬でした。彼は白火を自分

AIが作る音楽か、人間が作る音楽か/逸木裕「電気じかけのクジラは歌う」

「電気じかけのクジラは歌う」は、逸木裕さんによる近未来が舞台の小説です。逸木裕さんは、「虹を待つ彼女」で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビューしました。 本作は、近未来の日本が舞台の小説です。人工知能(AI)が個人の好みに合わせて音楽を作るアプリ「Jing」が普及し、作曲家という職業がすっかり廃れてしまった世界。かつて音楽を作っていた主人公の岡部も、今は音楽を作ることを辞め、「Jing」の検査員をして暮らしています。そんなある日、数少ない現役の作曲家であり、岡部の親友でもあ

極上の美味しいミステリー/近藤史恵「ビストロ・パ・マル」シリーズ

「パ・マル」 フランス語で、「悪くない」の意味。 「ビストロ・パ・マル」シリーズは、近藤史恵さんのフランス料理をテーマにした、とあるビストロが舞台の連作短編シリーズです。「シェフは名探偵」という題名で、ドラマ化もされています。 風変わりな三舟シェフが営む「ビストロ・パ・マル」は、美味しいフランス料理を出す小さなフレンチ・レストラン。個性的な従業員たちが和気あいあいと働き、その気取らない雰囲気が魅力です。また、三舟シェフは、美味しい料理を出すだけでなく、お客さんが持ってくる

『見えない人』が『見ている世界』とは/伊藤亜紗「目の見えない人は世界をどう見ているのか」

突然ですが、「目の見えない人」と聞いて、どのようなイメージをもちますか? 白杖を持って歩いている。 盲導犬を連れている。 点字が読める。 嗅覚や聴覚、触覚が抜群に優れている。 様々なイメージがあると思います。 では、「目の見えない人」は「特別な人」なのでしょうか? その答えをくれるのが、伊藤亜紗さんの「目の見えない人は世界をどう見ているのか」です。 こうさぎは、小川糸さんの「とわの庭」を読んだのがきっかけで、本書を手に取りました。「とわの庭」の主人公は視覚障害者なのですが、

世界はこんなにも、明るく美しい/小川糸「とわの庭」

「とわの庭」の著者、小川糸さんは、「食堂かたつむり」や「ツバキ文具店」、「つるかめ助産院」など多数の人気作品を発表しており、「ライオンのおやつ」は本屋大賞にもノミネートされました。あたたかで、ちょっと不思議な、優しい世界観が魅力の作家さんです。 主人公のとわは、目が見えない女の子です。学校にも通わず、外にも出ず、母親の愛を一身に受けながら暮らしています。とわの世界には、家と庭と、母と、週に一度日用品や食べ物を運んでくれるオットさんしかいません。けれど、そんなある日、母親がい