金沢・白川郷に行ってきた
※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
2月15日
07:45 東京駅新幹線乗り場 23番線
出発の朝。家を出た時は曇っていたと思うけど、東京の空は晴れていた。
よかった……と思う。せっかくの一人旅なんだから、晴れている方がいいに決まっている。
あの子なら、きっとそう言うだろうと思った。
写真を撮った。日記も残そうと思った。
どうしてそう思ったのかは分からない。けど、そうするべきなんだと思う。
あの子が見たかった景色。残しておくべきなんだと思う。
新幹線に乗るのは初めてだった。
改札に乗車券を二枚同時に通すのだとか……ちょっとよく分からない。
駅員さんに乗り方を聞こうとしたら、指定席で予約した新幹線よりも早く到着する便を教えてもらった。
330円プラスで早く目的地に行けるなら、向こうでの行動時間も増える。これはありがたい。
という訳で、乗車する新幹線は「かがやき521」の金沢行き。
駅員さんの整然とした業務放送と案内が結構好き。
08:10 出発
「新幹線と言えばアレだよ! 例のアレ。やっぱ乗ったらアレ食べないと!」
日記を書いていたらいつの間にかうとうとしていたらしい。懐かしい声を聴いた気がした。
すっかり忘れていたけど、そういえば朝から何も食べていないんだった。
私個人としては”アレ”にそこまで興味は無いけど、せっかくだし駅弁と一緒に買おうかな。
ところで――駅弁とかはどこでどうやって買うんだろう。
調べてみた感じだと飲み物と菓子類、それからおつまみなんかも車内販売しているらしいが、残念ながら“アレ”こと『シンカンセンスゴイカタイアイス』はこの新幹線では販売していないらしい。
仕方ないから駅弁だけでも――
『本日は~~そのため、車内販売はございません。あらかじめご了承ください』
無慈悲だ。出発から早々に悲しい事故だ。
仕方ない。駅弁もアイスも帰りに食べることにしよう。
まあ……ここでお腹を空かせて、金沢で美味しい物食べればいいよね。
08:51 ???
気が付けばとっくに大宮駅(埼玉?)を通り過ぎていた。
さすが新幹線。サラマンダーより(ry
窓の外の遠い景色に、雪化粧に染まった山並みが見える。
白一面と言うよりも、切り立った険しい山肌の隙間に白い筋が入っているような感じだ。
またうとうとしていてアナウンスを聞き逃した。
私はどこまで来たのだろう。
09:28 ???
先程まで遠方に見えていた山が、方向を変えてより近くに見える。
地図で現在地を調べてみたけど、多分あれが赤城山――らしい。
正直山が多すぎてどれが赤城山なのか判らない。ともかく群馬県を越境中らしい。たぶん。きっと。
新幹線で写真を撮るのって難しい。シャッターチャンスを逃しがち。
トンネルを潜る回数も増えて、カメラを構えたらトンネル。
それにしても、こうしてでかい山を間近で見るのは初めて。
日本列島がいくつもの山脈を持っているって言うのは、知識としてはあるけど、実際に見るとそのスケールに想像とのギャップが生じる。まるで別世界だ。
こう感じるのは、多分生まれ育った地域の問題。
こういう気持ちを感動って言うのかな。これが一人旅の醍醐味……?
09:32 ???
と、唐突にトンネルを抜けると白い世界が広がった。
これが俗にいう「トンネルを拔けると、そこは雪」というやつだろうか。
アナウンスが告げる。
『まもなく、長野』
いつの間にか、遠くまで来ていた。
――――年 ――月 ――日
「結局さ、何が楽しいの――」
別に、知りたくて聞いたわけじゃない。
ただ暇だったから。何となく、聞いてみただけ。
「――――。」
「何、その顔」
「いや。他人に興味を持つなんて、珍しいなって思って」
興味は無い。
でもわざわざ否定するのも面倒だったから、言葉にはしなかった。
「……そう、だね」
ふいっと前に向き直ったそいつは、少し考えるように目線を上に上げた。
いつも何かを考える時に、そいつはそうする。
そして、大して考えるような内容じゃない時も、ぼーっと――まるで何も考えてないみたいな表情で――しばらく黙って考える。
「…………やっぱり、楽しいから……かな?」
「……いや、私に聞かれても」
それもそうか、とまた考え始める。
トンネルを抜けると一気に視界が開けて、芝生を通り過ぎた日差しが、ちょっと暑い。
朝の肌寒さに長袖のワイシャツを選んだ自分をちょっと恨む。
いや、やっぱり風が涼しいから許す。
「……結局さ」
「ん」
「行ってみないと、分からないんだよ。私にも」
こいつは、いつも煙に巻くような事を言うやつだけど、今日に限ってはそれに拍車がかかっている。
「私は、その行ってみた結果の事を聞いてるつもりなんだけど」
「そっか――そうだよね。うーん」
茜に、逆光になった小さい横顔。少し高い鼻。秋澄み、色なき風に揺れる烏の前髪――ただ楽だからという理由で短く切ったそれは、大した手入れもしてないのに私のものとは比べ物にならない。
「最後に残るのは、やっぱり後悔かな」
「……は?」
彼女は、彼女自身の趣味をそう纏めた。
「で、その後悔から遡って思い出していくと……最後に思い出すのは、最初の時の期待――みたいな感情」
「……よく分かんない」
「そうだね。私もよく分かんない」
あっけらかんと答えた。
興味も無しに聞いておいてなんだが、正直いい加減すぎる回答だと思う。
「でも……何だろう……つまるところ、私は苦行を楽しんでるんだと思う」
「苦行……? 何それ」
「私、別に観光地とか好きじゃないし」
いよいよよく分からなくなってきた。聞くんじゃなかったこんな事。
「いろんな景色を見て、いろんな人と出会って――それ自体は楽しいんだけどね……永遠と歩いてたり、土砂降りに遭ったりとかすると『あー何してんだろう私』ってなるんだよね」
「楽しい部分の方が、多いんじゃないの……?」
「それがね、辛い事の方が多いんだよね。自分で選んだはずなのに」
そう言って、ぼんやりと沈みかけの太陽に顔を向けたそいつが、笑っていたのか、それとも無表情だったのか――思い出せない。
09:40 長野
気が付いたら、長野駅についていた。
皆降りるみたいだけど、私の目的地はまだまだ先だ。
それにしても……喉、乾いたな……。東京駅で何か飲み物買っておけばよかった。
新幹線は長野から出発して富山へ。
進めば進むほど雪景色が強く、色濃くなっていく。
真っ白に雪を被った木々なんて、地元ではまず見られない光景だ。
10:07 糸魚革通過
外が吹雪だ。遠くに荒れる日本海が見える。
冬に荒れる日本海……見たかった景色をまた一つ達成することができた。
たぶん。
10:25 富山
目的地まであと一駅。この辺は先程までとは違い雪が少ない……というか、無い。
地理的なものなのか……まあ、教養がないのでわからない。
ともかく、新幹線での移動は景色の変化が忙しくこれが面白いということなのだろうか。
ちょっと……ゆったりと見れないのが残念かもしれない。
金沢では、雪が見たい。
溶けてないと思うけど。溶けてないと、いいなと思う。
そう思っているうちに、窓の外の景色がまた変わり始める。
遠景の山並みがなだらかだ。雪も少しづつ戻り始めた。
これは、期待してもいいかもしれない。
もうすぐ、金沢駅に着く。
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