映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」

(ネタバレあり)
韓国で1980年5月に起きた光州事件を取材したジャーナリストの実話をもとに作られた映画。
ソウルでタクシー運転手をしているマンソプはシングルファーザーで、11歳の女の子を育てながらカツカツの生活をしている(家賃滞納中)。
ある日、同僚が光州までの往復で10万ウォンという高額の予約を取り付けたという話を耳にし、その予約を横取りしてしまう。
10万ウォンはマンソプが滞納している家賃と同額なのだ。
英語が出来る運転手ということで予約は入っていて、マンソプは片言の英語しかわからないが、適当にごまかして客を乗せる。
客はドイツ人ジャーナリスト・ピーターで、光州で何が起きているのかを取材するために日本からやってきた。
映画の前半は、気難しい感じのジャーナリスト・ピーターと、ちょっとお調子者でちょっといいかげんな感じのマンソプの、コミュニケーションがうまくいかないながらも検問をすり抜けながら光州へ向かうまでを描いている。前半は平和なトーンなのだ。
「韓国はいい国だ」「軍が民衆に銃を向けるなどありえない」「悪いのは親の金で学校へ行かせてもらっているのに勉強もせずデモを行う学生だ」と思い込んでいるごく一般的なソウル市民のマンソプの描き方は、光州事件で何が起こったかを知って見ていると、映画の後半とのギャップが大きい。
信じていたもの(国家や軍)が、普通の市民に銃を向け、情け容赦なく暴力をふるっているのを目の当たりにして、マンソプの中で起きる変化を、マンソプ役のソン・ガンホが上手く表現していた。さすがである。
マンソプは、光州が危険だということがわかり、ひとりで留守番している娘が気がかりで早く帰りたい気持ちを抱く。が、光州でデモに参加していてピーターの通訳役を担う学生や、光州のタクシー運転手たちと交流することで、マンソプの心に迷いが生じる。
迷って迷って、いったんは途中までピーターを置いてソウルに帰ろうとしていたマンソプは光州へ戻り、カメラを回し続けたピーターを助け、軍の攻撃でケガをした光州市民を助け、当局に目をつけられながら、奮闘してしまうのだ。
情報統制で光州で起きたことが正しく報道されていない中で、光州市民たちはピーターに事実を正しく伝えてほしいと、命がけでピーターとマンソプの光州脱出を手伝う。
映画の後半は、マンソプの心の中で起きる葛藤と迷い、光州で起きたことの暴力性とか、事実を報道してほしいとピーターとマンソプを捨て身で助ける光州のタクシー運転手たちや通訳役の学生とか、観ていて苦しくなる重いシーンの連続になる。
映画前半のコメディ風のトーンから、がらっと変わる重いトーンの後半で、泣きながら観た。
この映画で描いているのは、光州事件のほんの一部かもしれないが、光州事件のことを知るきっかけになる映画でもある。

映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』公式サイト (klockworx-asia.com)

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