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北米における20世紀から現代までのブラックミュージックの歴史1・ブルース編

北米における20世紀から現代までのブラックミュージックの歴史2・ゴスペル編はこちら

北米における20世紀から現代までのブラックミュージックの歴史3・ジャズ編はこちら

北米における20世紀から現代までのブラックミュージックの歴史4・R&B(ソウルミュージック)編はこちら

北米における20世紀から現代までのブラックミュージックの歴史5・ヒップホップ編+総括はこちら

※以下の文章は大学時代の卒論に一部動画等を加えたものです。2013年に書いたものなので一部古い部分も有るかもしれませんがご容赦ください。

1. はじめに


黒人音楽。英語で言えばブラックミュージック。その言葉が捉える範囲は膨大である。アフリカ大陸で作られ、歌われる音楽も、また奴隷制によってアフリカから西インドの島々へ渡った人々がそれぞれの地で作り上げた音楽もその一つである。この論文では、主に南北戦争以前にアフリカから奴隷貿易によりアメリカに連れてこられた奴隷の子孫達が作り上げた音楽であり、以前から筆者が興味を持ち、日本人ながら親しみを持ちながら聴いていた20世紀に入り急速に発展を遂げた北米における黒人音楽のジャンル=ブルース、ゴスペル、ジャズ、R&B(ソウルミュージック)、そしてヒップホップについて取り上げてみようと思う。それぞれのジャンルの発祥、発展、そして現代までの歴史を紐解き、また時にそれぞれの音楽ジャンルの隆盛とその周りを取り囲む黒人社会にどのような事が起こり、また音楽がそれらに影響されたのかについても詳しく取り上げる。

2.ブルースについて

・発祥(楽器の視点から)
奴隷制時代、南部のプランテーションで労働者として働かされていた黒人奴隷達の中にはある程度の自由を認める農園経営者の下でバンジョーやフィドル(バイオリン)といった楽器を演奏する技術を取得し、ジグやリール等のアイルランドやスコットランドルーツのダンスミュージックの伴奏をする人々がいた。これらの楽器の他にも、ウォッシュボード(=洗濯板)、ジャグ(=ボディが大きい酒瓶)等が使われ、1910年代頃からアメリカ中南部ではこういった楽器が中心に結成されたグループが結成されていった。こういった音楽形態、表現がブルースの誕生へと繋がっていくのである。

・ウォッシュボードの演奏者をメインにしたウォッシュボード・リズム・キングスの演奏


20世紀初頭には19世紀半ばから発達してきた通信販売事業がギターを販売し始めたことで、ブルースのイメージとして代表的な楽器のギターが本格的に普及することになった。ギターが普及する以前はバンジョーがブルースの伴奏として主に使われていたが、

「バンジョーの短いスタッカートのきいたブチブチと途切れる音質は、基本的に声楽であるブルースにはなじまなかったようで、人の声のような柔軟でなめらかな音色を奏でることができるギターはまたたくまにバンジョーに取って代わってしまった」(當間麗 (2012)『アメリカン・ルーツ・ミュージックとロックンロール』DTP出版)

とされている。

一方ギターと比較すればブルースというジャンルにおいては現代ではマイナーな存在ではあるが、ピアノもブルース、そしてその後の20世紀の黒人音楽の発展には欠かせない楽器である。ピアノによるブルース即ちブギウギはラグタイム・ホンキートンクがベースとなっている。ラグタイムとはリズミカルなマーチ、ジグ、ケークウォークといったダンスやリズムから発達したもので、ホンキートンクはアメリカ南部の安酒場に置かれた調律されていない外れた音で且つ力強い音で演奏されるスタイルであった。どちらも19世紀後半から20世紀初頭にジャンルとして確立し、ブギウギは1930年代後半から50年代初期にかけて流行した。

・ブギウギ形式の曲と演奏で知られるミード・ルクス・ルイスの演奏

・発祥1
ブルースの歌の基本的な形式は19世紀末頃、ミシシッピ・デルタ地帯(メンフィスからニューオリンズまで)で完成したと言われている。これらの地で誕生したサウンドはカントリー・ブルースと呼ばれ発祥地に由来してミシシッピ・デルタ・ブルースとも呼ばれる。黒人労働者の移動と共に様々な場所へと音楽も拡散し、その結果メンフィス・ブルース、東海岸ブルース、テキサス・ブルース、ニューオリンズ・ブルースといったジャンルが形成されていったのである。このブルースの原点ともいえるジャンルの代表的なミュージシャンはデルタ・ブルースの父と言われるチャーリー・パットン、同世代のレッドベリー、十字路(=キリスト教では悪魔の現れる場所)で悪魔に魂を売ってそのギターテクニックを手に入れたとされる伝説的なミュージシャン、ロバート・ジョンソン等が挙げられる。

・ロバート・ジョンソンの代表曲の一つ、「クロスロード」

・発祥2
ちょうどこの頃、ブルースを歌っていたのは男性だけではなく、女性ブルースシンガー達も登場していた。女性シンガーによるブルース=クラシックブルースである。代表的なシンガーとしてはブルースの母と呼ばれるマ・レイニー、彼女とは対照的な都会的イメージでブルースの女帝とも言われたベッシー・スミス、歴史上初の黒人によるブルースを録音したメイシー・スミスが挙げられる。彼女達はコンサートだけでなく、歌を録音し、そしてレコードという形式で売られ、聴衆に浸透していくという現在にも通じる音楽の消費システムのルーツとも言える方法で知られた人々である。

・ベッシー・スミスの数少ない歌唱動画「セントルイス・ブルース」

・ベッシーの生涯はラッパー、または役者としても知られるクィーン・ラティファによって2015年に「ブルースの女王」というタイトルで映画化された


・発展1 (1920年代~30年代)
19世紀半ばから、南北戦争後にプランテーション制度から解放された黒人労働者達は鉄道網の整備により、都市への移動が容易になったため仕事を求めて都市へと移動を始めた。その結果、1920年代から30年代頃にはブルースシンガー達もシカゴといった大都市を活動拠点とするようになった。1930年代にはブルースの演奏形式も変化し、ギター、ピアノ、ハーモニカの他にベースやドラム、サクソフォンといった楽器が加わったアーバン・ブルースというジャンルがシカゴ、デトロイト、カンザス、セントルイス等で誕生した。


・発展2 (1940~50年代)
これらの都市の中で特にブルースが発展したのはシカゴである。1930年代にはエレクトリック楽器(主にエレクトリックギター)が開発され、1940年代にはブルース系統のミュージシャンがこういった楽器を導入し始めた。元々カントリー・ブルース出身のミュージシャンが多く移住していたシカゴでは、カントリー・ブルースとアーバン・ブルースの融合がなされ、その中でエレクトリック楽器も自然と使用された。それがシカゴ・ブルースであり、マディ・ウォーターズ、50年代に入るとオーティス・ラッシュバディ・ガイマジック・サムのようなミュージシャン達がシーンを席巻した。マディが在籍したチェス・レコードにはハウリン・ウルフリトル・ウォルター、ブルースの発展であり、ロックのルーツであるロックンロールのブームを支えたボ・ディドリーチャック・ベリーが在籍していた。

・シカゴブルースの代表者の一人、マディ・ウォーターズ「ガット・マイ・モジョ・ワーキング」


その後(60年代から現在)
1950年代の空前のロックンロールブームはアメリカだけでなくその国外にも飛び火した。そしてそれに影響され、60年代には今度はイギリスから数多くのミュージシャンがアメリカ、そして世界を席巻する事になる。特にその中でもローリング・ストーンズはシカゴ・ブルースのカバー等を多く含んだアルバムを発表し、ブルースに傾倒したグループで、マディ・ウォーターズ等が在籍した前述のチェス・レコードを訪れるのが映画『キャデラック・レコード』(Cadillac Records,2008)でも印象的なシーンとして描かれていた。ロックンロールの影に若干影に隠れていたブルースも再評価される形となり、ハウリン・ウルフマディ・ウォーターズB.B.キング等がイギリスを訪れアルバムを残している。(マディ・ウォーターズに関しては、前述の『キャデラック・レコード』でも主人公格の人物として登場しており、ラストシーンも彼がイギリスを訪れるシーンで幕を閉じている。)

・数多くのブルースシンガーが登場したビヨンセ主演の「キャデラック・レコード」


70年代以降、ブルースは元々限られた音楽パターンしか持たない為か、ポピュラーミュージックの世界では徐々にマイナーな存在となっていくが、70年代の黒人音楽には欠かせないファンクをブルースに導入したジョニー・ギター・ワトソン、80年代中盤にブルースとしては異例の大ヒット曲「スモーキングガン」(Smoking Gun,1986)を発表したロバート・クレイ等、所々に逸材なミュージシャンは登場し続けている。また、大御所B.Bキングはアイルランド出身のバンド、U2と「ラブ・カムズ・トゥ・タウン」(Love Comes To Town,1988)という楽曲を発表し、エリック・クラプトンと「ライディング・ウィズ・ザ・キング」(Riding With The King,2000)というアルバムで共演するなど、他ジャンルのミュージシャンとの交流を絶やさない。ブルースという名のジャンルがロックといった様々なジャンルの源流である限り、これからも尊重の対象である事は明白だ。

・B.BキングとU2の共演「ラブ・カムズ・トゥ・タウン」


ゴスペル編に続きます。

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