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短編【葵ちゃん】小説

小野場おのば明梨あかりはお昼のワイドショーを流し見ながらネイルを塗っていた。
表参道で梟カフェ『ミネルヴァ』がオープンして若い女子に大人気だという事を女芸人がリアクションオーバーでレポートしているのだが、地方の片田舎に住んでいる小野場おのばには興味のないことだった。

そんな事よりも、小野場おのばはネイル塗りに集中していた。
すでに九枚の爪は濃ゆい桜色に塗り付けられており、残るは利き手の小指だけ。
一番やりづらい一枚だけ残っていた。
小野場おのばはマニキュアのブラシにピーチブロッサムをたっぷり付ける。
そして、小さく気合を入れて、そのピーチブロッサムを右手小指に塗ろうとした時、アパートのチャイムが鳴った。

舌打ちとも溜息とも取れる声を小野場おのばは漏らして、マニキュアブラシをマニキュアの瓶に戻した。

「はい」
小野場おのばは玄関のチェーンを掛けたままドアを開けた。
十センチに満たないドアの隙間から、四十代の女性の顔が十センチに満たない分だけ見えた。

「福祉児童福祉課の漣間さざまと申します。小野場おのばさんですか」
「はい。小野場おのばですけど…。何か用ですか?」
「あのですね?あおいちゃんはいらっしゃいます?」
あおいですか?あおいは今、外に遊びに出ていますけど」
「そうですか。実はですね…。あの、小野場おのばさん。ドアを開けて貰えますか?」
「え?ああ、はい」
小野場おのばはドア・チェーンを外した。
その途端、福祉児童相談課の漣間さざまと名乗った女はドアの端を掴み勢いよく開けた。

「あのですね実は小野場おのばさんがお子さんを虐待してるんじゃないかと言う通報がありまして」
「虐待?」

いきなりドアを開けて、息継ぎする事もなく早口で喋る漣間さざま小野場おのばはたじろいだ。

「はい。そういう通報がありまして」
「通報って、誰がそんな事を」
「職務上それは言えません。あおいちゃんに会わせては貰えませんか?」
「ですから、あおいは外に遊びに出ています」
「ホントですか?中にいるんじゃないですか?あおいちゃーん!葵ちあおいゃーん!」

漣間さざま小野場おのばの肩を押し退けて、玄関のから奥のリビングの方へ呼びかける。

「ちょっと!何してるんですか?」
「葵ちゃんに会わせてください」
「葵は居ません!出て下さい」
「葵ちゃーん!葵ちゃーん!」
「やめて下さい!ちょっと、出てください!」
「ちょっとお家の匂いを嗅がせて下さい」

漣間さざまはそう言うと鼻を突き出して、すんすんと匂いを嗅ぎ出した。

「何やってるんですか!気持ち悪い!」
「死臭がしないか、調べてるんです」
「ちょっと!失礼でしょう!何ですか死臭って!」
「死んで腐った匂いの事ですよ」
「知ってますよ!」
「子供は世界の宝なんですよ!私たちはその宝を守る使命があるんです。あおいちゃんに会わせてください!虐待は犯罪ですよ」
「だから、虐待なんかしてません!」
「じゃああおいちゃんは何処に居るんですか?」
「だから、あおいは近くの、なんでそんな事あなたに言わなきゃならないんですか!本当に児童福祉の人なんですか?」
あおいちゃーん!あおいちゃーん!」
「ちょっと!出て行ってください!」
あおいちゃーん!」
「帰って下さい!」

小野場おのばは身長は低いが胴体が太めの漣間さざまを押しやって玄関から出しドアを閉めた。
すると、直後、チャイムの音が二度、三度と鳴る。
そのチャイムはやがて連打になった。
玄関の外で漣間さざまはチャイムを連打しながら、小野場おのばさーん!小野場おのばさーん!開けて下さい!と叫んでいる。

「ちょっと、何よ、嘘でしょ!…。いい加減にして下さい!!」
小野場おのばも負けじと大声で応戦する。
すると、チャイムも漣間さざまの大声もぴたりと止んだ。

そして少しして、漣間さざまの声がドア越しに聞こえた。

「わかりましたー。では、また明日伺いますので、あおいちゃんに会わせてください。失礼します」

小野場おのばはドアに左耳を押し当てて外の様子を伺った。
漣間さざまの靴の足音が遠ざかってゆく。

なんなのよ一体。はぁ…。明日も来るのか。
あおいの死体、何処に捨てようかな。
困った困ったと溜息をついて、小野場おのばはネイル塗りの続きを始めた。


⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

天使ちゃん

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