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短編【ニーラカーラ物語《樫の木の人形》】小説

ニーラカーラ島に昔から伝わるお話。

ジャージャーバーの森にブラン家の屋敷がありました。
ブラン家はニーラカーラ島の大地主で島の南に広大な領地を持っていました。

森の屋敷にはブラン家の老夫婦と年をとった執事とこれまた年老いた召使いの四人の老人が暮らしていました。
執事と召使いは四十年以上もブラン家に仕えていました。

屋敷の主アジィット・ブランは信心深い好々爺で幾つも神殿を作り、町や村の発展につくしました。
妻のララジー・ブランは豊饒の女神マー・ア・ムーの巫女で若い頃はピチュ(ニーラカーラ島に生息する小鳥。光の具合で鮮やかな赤や緑に輝く。インコの一種)のように美しくアジィットと結ばれるまでは神の声を聞き、それを伝えていました。

アジィットとララジーは七十の境を越え家督を息子に譲り、ジャージャーバーの森の屋敷で余生を過ごしていました。

日の出と共に起き出し昼は森の梢の木漏れ陽の中を散策し、日暮れと共に暖炉を囲んで談笑し眠りにつく。
そんな穏やかで永遠と思われた時はララジーの静かな眠りで幕を閉じてしまいました。

年老いたララジーは安らかに眠り、女神マー・ア・ムーの元へ還って行ってしまいました。

しかし、アジィットはララジーの埋葬を拒みました。
まだ生きているのだと言って…。
その取り乱しようは葬儀に列席した者達の胸に辛く突きささり涙を誘いました。

その後のアジィットはまるで蝋人形のように精気を失ってしまいました。
執事も召使いもその姿に胸を痛めました。



ジャージャーバーの森の奥の奥に梟婆ふくろうばあと呼ばれる魔女がいました。
巨大な樫の虚に梟と共に暮らしている魔女でした。
彼女の素性は誰も知りません。

お婆さんに聞いても、そのお婆さんに聞いてもそのまたお婆さんに聞いても、誰も知りません。
梟婆ふくろうばあは昔からそこに居ました。
梟婆ふくろうばあは不思議な魔術を操りました。
その魔術にすがって彼女を訪れる者も沢山いました。
ある者は、恋の成就を。
ある者は死の呪いを。
梟婆ふくろうばあの気まぐれの風にうまく乗る事が出来た者は、ほとんど無償で願いを叶えてもらいました。


その魔女の元へある日二人の男が訪ねてきました。
やせ衰えたアジィットとそれを支える執事でした。
老いたアジィットは老妻ララジーの復活を望みました。

猛禽類の様な目で梟婆ふくろうばあは二人を見詰めました。
長い沈黙の後、梟婆ふくろうばあは一本の樫の小枝を差し出した。

屋敷に戻ってきた二人は梟婆ふくろうばあに言われたとおり樫の小枝をララジーの墓に突き刺し、魔女から教えられた祈りの言葉を唱えました。

やがて樫の小枝はじょじょに人型を形成し裸のララジーができあがりました。
そのララジーは若く美しく、その日からアジィットは楽しい日々を取り戻しました。
精気を取り戻したアジィットを見て執事も召使いも胸を撫で下ろしました。

しかし、樫の木のララジーは身体こそは成熟した女性であっても、言葉も喋れない無垢な赤子同然でした。
アジィットは無垢なララジーに根気よく言葉を教えました。
やがて樫の木のララジーは本物のララジーの様に気品に満ちあふれる淑女レディになりました。

若いララジーを見ているとアジィットは自分まで若くなる、そんな気がしました。
六十を過ぎてから危険だと言うことで止めた乗馬も始めました。

不幸は常に幸福の陰に潜みます。
アジィットは落馬による打僕であっさりとこの世を去りました。
いつもは大人しい愛馬が突然暴走したのです。
原因は蹄鉄の間に刺さった棘でした。

樫の木のララジーは狂ったように泣き叫びアジィットの死を悲しみました。



梟婆ふくろうばあは謎に満ちた魔女です。
ある時は村の子供の流行病を治したり、またある時は日照りにして不作を招いたり。
人々に敬われ恐れられる魔女。

その魔女の元へ悲願を胸に秘めた者が現れました。
若きララジーと老いた執事です。
ララジーは願いました。
アジィットの復活を。
梟婆ふくろうばあは何も言わず一本の樫の小枝を差し出しました。



ララジーと執事は、ベットに横たわるアジィットの遺体の胸にそっと樫の小枝を置き梟婆ふくろうばあから教わった祈りの言葉を唱えました。

樫の小枝はみるみる人型になってベットから転がり落ちました。
床には若々しい裸のアジィットがいました。

年老いたアジィットの埋葬を済ませたララジーは樫の木のアジィットに言葉と礼儀を教えました。

やがて樫の木のアジィットは気高い紳士ジェントルマンになりました。
こうして、若きララジーと若きアジィットは幸せな幸せな日々を過ごしました。


しかし。

執事と召使いは幸せそうな二人を見ては困惑するのです。

彼らは自分達が仕えるべき本当のあるじなのか、と。

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自由意志の行方

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