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短編【多人称小説】小説

貴方は小説が好きで暇つぶしに、この小説を読んでみようと思った。もちろん面白くなければ途中で読むのをやめようと思っている。面白かったから『スキ』マークくらいは送ってやってもいいと思っているし、フォローしていなければ、してやっともいいと思っている。この小説の作者は他にもいろいろ書いているみたいだから、暇があれば読んでやってもいいとも貴方は思っている。

小説には『一人称視点小説』と『三人称視点小説』というものがある。なんて事は小説が好きな貴方は、もちろん知っている。
『一人称視点小説』というのは、【僕】や【私】や【この俺様が】という一人称で物語が展開していく小説で、『三人称視点小説』というのは【彼】や【彼女】や【丸鬼戸まるきど左道さどうが】という三人称で進んでいく物語の事だ。

書き慣れていない人の小説は、この人称の視点が途中で変わったりする。例えば。

『僕はミヨコちゃんの事が大好きだったので後をつけた。ミヨコちゃんは後ろから付いて来ている僕に気がついたのか、急に走り出して角を曲がった。僕も慌てて走って追ったけど、角を曲がった時にはミヨコちゃんは居なかった。角を曲がった瞬間、ミヨコはテレポーテーションを使いシンゴの背後に回った。ミヨコを見失ってキョロキョロするシンゴ。ミヨコは左手を硬質鋭化した。硬質鋭化で刃となったミヨコの左手がシンゴの心臓を背後から貫いた。』

というように主人公は一人称視点の『僕』だったのに急に三人称視点の『ミヨコ』に切り替わってしまう。こういう小説の書き方は良くない。貴方は小説が好きなので、こういった些細な事も気になってしまう。だから、この小説も人称が変わってしまわないか気にしながら読んでいる。

この小説は『二人称視点』で書かれている。『二人称視点小説』というのは、【貴方】や【君】や【お前が】という二人称で語られるストーリーの事で主人公は読者、つまり貴方という事になる。

『二人称視点小説』は読者を主人公にしてしまうというところに難しさがある。小説の作者である『お前』が、なぜ読者である『私』の心情や境遇が分かるんだ!という反感を持たれかねない。

実際にこの小説の冒頭は

『貴方は小説が好きで暇つぶしに、この小説を読んでみようと思った。もちろん面白くなければ途中で読むのをやめようと思っている。面白かったから『スキ』マークくらいは送ってやってもいいと思っているし…』

となっている。
思ってねーよ!決めつけんじゃねーよ!と思われてしまうかもしれない。

だいたい、この小説が本当に小説と呼べる物なのか。それすらも私は分からなくなってきている。私は今まで『一人称視点小説』や『三人称視点小説』を書いてはきたが、『二人称視点小説』を書いた事はなかった。

そもそも二人称視点の小説なんて存在するのか?そう思い調べてみた。一応はあるようだが私は読んだ事はない。私がこんな小説を書いてみようと思ったのは…。

とここまで小説を書いて丸鬼戸まるきど左道さどうは、あ!と声を上げた。いつの間にか二人称視点が一人称視点の文章になっている事に気がついたからだ。

駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。ペンネーム丸鬼戸まるきど左道さどうこと田中たなか啓一けいいちは思った。

田中は小説家になりたくて、いくつか小説を書いている。文章読本も何冊も読んだ。どの本にも『人称のブレに気をつけなさい』という事が書かれている。田中は改めて自分が今まで書いた小説を読み返してみた。どれも一人称から三人称へ、三人称から一人称へとブレにブレまくっている。

だったらもう、その欠点を強みにブレにブレまくった小説を書いてやろう!


貴方が読んでいる私のこの小説は、そんな小説です。と田中はそう思った。

⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

蘇った猫

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