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短編【夜間タクシー】小説

有るときは舞台役者。有るときはラジオ・パーソナリティー。そして、また有るときはシナリオ・ライター。それが今の俺の肩書きだ。近々、俺が所属する劇団インディゴブルーの本公演がある。そこで上演する芝居の台本を書いているのだが。…ネタがなかなか思い浮かばない!まずい!完全にスランプだ!面白い話を探さなくては!今、俺は必死になって面白い話しをかき集めている。面白い話と言っても笑える話しだけではない。勿論、笑える話は面白いが、悲しい話だって面白いし、痛い話だって面白い。ハッピーな話も面白いし、アンハッピーな話はもっと面白い。そして、身の毛もよだつ恐怖の話も、もちろん面白い。そういった人が聞きたがる面白い話が転がっていないか、常にアンテナを張って生きている。そんなある日、俺は、ある雑誌の打ち合わせを夜遅くまでしたため、タクシーに乗って帰宅した。

「どこまで行きますか?」

タクシーの運転手は女性ドライバーだった。今では珍しくは無いが、頻繁にお目にかかるものでも無い。俺は手短に行き場所を告げて後部座席から彼女を観察した。そしてその様子から、何となく恐怖体験を聞き出せるような、そんな気がした。舞台役者にラジオ・パーソナリティ、そしてシナリオ・ライター。この三つに分野に必要な才能は何か?それはズバリ、人間観察力だ!俺は舞台役者で有り、ラジオ・パーソナリティで有り、そしてシナリオ・ライターでも有る。人間の本質を見抜く力には誰にも負けない。この女性ドライバーは、何か恐怖体験を持っている。俺は話を聞き出すプロとして、この女性から恐怖体験を引き出す事に決めた。

怖い話を聞き出したいのなら、こっちから怖い話を一つ提供する。そうすれば小ネタに食らいついて、その小ネタよりも面白い話を聞かせてくれる。俺は気さくに話を切り出した。

「この前、タクシーの運転手さんから聞いたんですけどね、その人、スーツを着た一見して、その筋を人とわかる男を乗せたそうなんですよ。で、後部座席で何やらカチャカチャやってるんで、ミラー越しに後部座席を覗いたら、なんとピストルを分解して整備をしてたらしいんですよ」

俺は話しながら女性運選手の反応を伺うが彼女はとくに驚く様子もなく運転をしている。無愛想にも程がある。タクシー運転手なら、普通は頷いたり、聞き返したり、何かしらのリアクションがあるだろう。初乗り料金410円にはその分のサービス料も含まれているもんだろう。

俺は話を続けた。

「……で、その男、ニヤリと笑って『誰にも言うなよ』って言ったらしいんです。そんな事ってあるんですねぇ。運転手さんもこういう怖い体験ってあります?」

運転手は無反応。おい。聞こえてないのか?そんなに俺の声は小さかったか?俺は少しだけ声のボリュームを上げた。

「無いですかね?」

少し間を置いて、運転手は言った。

「………ないですねー」

うん。なるほど。こう言う時も有る。でも、ここで引き下がっては行けない。さらに怖い話を畳み掛ける。人間という者は、与えられたら、お返しをしたくなるものだ。それは会話だって例外ではない。笑える話を聞いたら、お返しに笑える話をしたくなる。怖い話を聞いたら、お返しに怖い話をしたくなる。そういうノモだ。

「僕の後輩に霊感の強い友達がいて、その人、今、女性の幽霊に取り憑かれているらしいんですよ。幽霊ですよ幽霊」

俺は少しだけ身を乗り出して運転手の顔を後ろから見る。長い髪と顎のラインしか見えないが、それだけで美人を予見させる。そして無言。

「……しかも、その幽霊、連続バラバラ殺人事件で殺された女性の幽霊らしいんですよ。最近、この近くであったじゃないですか連続バラバラ殺人事件。そういう怖い体験って無い」
「無いですねー」

手強い。今夜の相手は中々の強者だ。普通、タクシードライバーだったら、客に気を使ってお喋りするモンじゃないの?それもサービスの一つじゃないの?と言うクレームは一旦飲もう。オーケイ、オーケイ。そういう運転手が居てもノープロブレム。逆に火が着いた。俺の覗き見根性に火が付いた。絶対に怖い話を聞き出してやる。どんな手を使ってでも


「この前、UFO見たんですけど、UFOって見たこと」
「ないですね」
「ヒバゴンに襲われた事って」
「ないですねー」
「ゾンビに噛まれた事って」
「ないですねー」
「何か無いっすか?怖い話?一個くらいあるでしょ?教えて?お願いします教えて下さい!」
「特に怖い体験はないですけど、実はわたし」
「はい!」

来た!やっぱり有るじゃないか!人間、怖い話の一つや二つは。

「人を殺した事ならありますよ」
「え?」
「ついさっきもこのタクシーを運転していた人を殺してトランクに押し込んだんです。どこに捨てようかな~って、場所を探してるんですけどね~。いい所ありませんか?」
「またまた~」
と言いながら、俺は運転席のネーム・プレートを見た。そこには痩せた初老の男の顔写真が微笑んでいた。しかし、運転席に座っているのは若い女性。

「ね。違うでしょ?写真。で、どこに行くんでしたっけ?」 

と言うや否や、女は急ブレーキをかけた。シートベルトをしていなかった俺は運転席と助手席のシートの間から前方に飛び出した。そして次の瞬間、耳元で電気が弾く強烈な音を聞いた。首筋に不愉快な冷気が走る。

「シートベルトはして下さいね、お客様。そんなに聞きたいなら怖い話をしてあげますよ。ゆっくりと………こわーい話を…いえ、こわーい体験を。お客様、生きながら首を斬られた事ってあります?とりあえず山に行きましょうか。人気のない山の中に行ってそこ……」

身体がコンクリートで塗り固められたかのように硬直して動かない。少しずつ薄れゆく意識の中で、女性ドライバーの声だけが耳に残った。


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てっちり鍋

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