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短編【幽霊物件】小説

神奈月かんなづき小夜子さよこ中田なかた由美子ゆみこは中学生の時からの腐れ縁だ。腐れ縁というのだから元々仲が良かったわけではなかった。中学二年の時、ひとりの男子生徒を巡って学年を巻き込んで壮絶な恋愛バトルを繰り広げたというのは、いまでも語り草になっている。小夜子も由美子もそこそこ可愛く、まあまあ姉御肌で、かなり我が強かった。普通、こういうキャラクターは学園ドラマなら一人居れば十分なのだが現実世界が常にそうとは限らない。他の女生徒たちはこの二大勢力のどの陣営にはいるか、ある者は迷惑がり、ある者はゲーム感覚で楽しんでいた。

そんな小夜子と由美子だったが高校は別々になり大学で偶然一緒になり、大学卒業後もなんだかんだと連む仲になっていた。

「引っ越そうかと思ってるの」
「え?どうしたの急に」

由美子が宅飲みをしたいと言うので、小夜子が飲み物やら食べ物やらを持ち込んできたのが19時過ぎ。もう三時間は過ぎている。いつものお泊まりコースだ。

「もう四年も住んでるから飽きたってのもあるし、最近給料が上がったからワンランク上の生活でも目指そうかな~と思って」
由美子は缶ビールの最後の一口を飲み干して言った。

「それはそれは景気のイイことで」
「それでさ、今、いろいろ物件みて回ってるんだけど、なかなかコレだ!って言うのが見つからなくてね~。物件情報ってクチコミが一番いいっていうから、職場の同僚にもそれとなく聞いたのよ。そしたら変な話、聞いちゃって」
「変な話?」
「うん。事故物件っていうの?オバケが出る部屋の話」
「ふーん」
「ふーん、って。アンタはいいよ。霊感が有るから、オバケなんて珍しく無いでしょうけど」
「そんな事ないよ。出来れば見たくないよ。…はぁ。どうして、こんな力があるんだろう。自分で自分が嫌になる」
「どうしたの?何か有った?」
「この前、職場の人に頼まれて、その人の妹さんを霊視しに行ったの。そしたら、そこに彼氏がいて、その彼氏が、霊媒なんて嘘だ!詐欺だ!って騒ぎ出したの!私のことを詐欺師だ!って!私もう、あったまに来て、大変な事をしちゃって」
「何をしたの?」
「…人を、殺しかけた」
「え?殺した?どうやって!」
「殺してない!殺してない!殺しかけたの!ホント、自分の力が恐ろしい。もう、その話はいいや。思い出したくもない。で?その同僚からどんな話、聞いたの?」
「ああ!あのね、同僚の友達の話なんだけど、その人、月8万のオートロックで新築のアパートに引っ越したんだって、新築だよ、新築。まさかオバケが出るなんて思わないじゃない?」
「出たんだ」
「そう、出たのよ!新築なのに!」
「まあ、幽霊には新築だろうが何だろうが関係ないけどね。で、どんな霊が出たの?」
「引っ越して5日目の夜に、トイレの内側からノックの音がしたんだって!彼女、あ、その人、女の人なんだけど、彼女は一人暮らしで、部屋の中には誰も居ないのにトイレの内側からトントントン、トントントンって聞こえるんだって…。きっと、トイレの小窓が空いていて、そこから風でも入って来てるんだろうって自分に言い聞かせて、トイレのドアを開けたのね」
「うん」
「そのトイレ、ドアを開けるとその向こう側の壁に鏡が付いていてて」
「えー。じゃあ、ドアを開けて、その鏡に自分の顔が写って、ぎゃーってなったんじゃないの?」
「違うのよ!ドアを開けたら…、その鏡には髪の長い女の人の後姿が写っていたんだって!」
「後ろ姿?」
「そう!目の前には誰も居ないのに、鏡には女性の後姿が!うううう!言ってて鳥肌がたっちゃた!だからさ!そんな事がないように、アンタにお願いがあるの!」
「なによ」
「一緒に物件巡りしない?いいなぁ~って思う物件が三つ有るんだけど、一緒に行って幽霊がいないか見て欲しいのよ!」
「そんな事しなくても、アンタは大丈夫だよ」
「なんでそんな事言えるのよ!」
「んーーー」

中学生の時だったら言ってやったかも知れない。と小夜子は思った。由美子が四年も住んでいるのこ部屋には、玄関の靴箱の上に首だけの男が一人、薄型テレビと壁の間に突っ立っている背の高い黒いロングヘヤーの女が一人、ガラスの天板のローテーブルの下から覗き見ている老婆が一人、他にも数体の霊がいる。これだけの霊に囲まれて気がつかないなら何処に言っても。

「大丈夫、大丈夫」
小夜子はそう言ってレモン酎ハイを飲んだ。テーブルの下の老婆がその様子を黒目だけの瞳で見ていた。


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国家公認の詐欺師

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