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短編【マッチング】小説
運転免許証、パスポート、健康保険証のいずれかの身分証の提出があるのか。
『インターネット異性紹介事業届』はきちんと為されているのか。
強制退会や通報などの防犯対策はあるのか。
それらを入念にチェックして浅河尾紅葉はマッチングアプリ『アムルーズ』の登録サイトを開いた。
「変な人いない?大丈夫?怖くない?」
「大丈夫、大丈夫。私が変だから」
「それはそうだけど」
あなたは変だけど私は変じゃないから。
とは言わずに、浅河尾紅葉は大河内美和の言うとおりに『アムルーズ』の登録をすすめる。
あとは審査を待つばかり。
「でもなあ」
「え?何?何?もう!登録終わってから変なこと言わないで!」
「名前が変だからなあ、紅葉は。サクラと思われるかもなあ」
それを言うか。
と浅河尾紅葉は思ったが自分でもそう思っているから言い返せない。
『あさがおもみじ』と言う安易な芸名みたいな名前が紅葉は嫌いだった。
何とかして浅河尾という苗字を捨てたかった。
「あ!今、気がついた!アサガオでモミジでサクラだ!夏と秋と春がそろってる!あとは冬だけだね」
デリカシーが無い。
私が自分の名前を嫌ってるって知ってて、そんな事を言う。
と紅葉が思ったところで、お昼の休憩時間が終わった。
浅河尾紅葉は歯科助手で大河内美和は歯科受付をしている。
午後診療の再開とともに、歯科クリニックの外で待っていた来院客がちらほら入ってきた。
長谷川賢一。
という名前を『アムルーズ』で見つけたのは登録から三日後だった。
長谷川賢一。三十四歳。年収は200万〜300万。喫煙有り。飲酒有り。趣味パチンコ…。
少し太っているけど、痩せればカッコ良く見えない事がないわけでもない。
喫煙有りか。歯科助手をしているので口周りは気になるところではある。
プロフィールに何一つ惹かれるところは無いけれど長谷川賢一。
もし、この人と結婚したら長谷川紅葉。
なんか素敵、と浅河尾紅葉は思った。
「はせがわもみじ」
何度か呟いてみる。
「はせがわもみじ」
あら素敵。と浅河尾紅葉は思ってしまったのだ。
はっきり言って浅河尾紅葉も長谷川紅葉もどっちも同じようなもんだ。
人によっては浅河尾紅葉の方が個性的で魅力的だと言う人もいるだろう。
だけど、紅葉はそんな個性は要らないと思っている。
一度好感を持ってしまえば、年収が200万から300万でも喫煙者でも趣味がパチンコでも、フォントが小さく見える。
長谷川賢一。
スタイリッシュでスマートな名前。
きっと本人も小粋で賢い人に違いない。
浅河尾紅葉は長谷川賢一の事を何も知らないのに素敵な妄想が広がってゆく。
自分の都合のいいところしか見えなくなる。
それが恋愛という病の初期症状なのだ。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
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