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短編【呪い屋】小説



私は聖人君子ではない。だから、人を恨んだ事もある。しかし、その恨みごとは一晩寝れば、すぐ忘れてしまうような、そんな些細なモノだった。もともと私は恨みを根に持つような男ではなかった。それなのに今度の恨みは、なかなか消えてはくれない。いや、消してはならない。私の心の中には一匹のどす黒い蛇が炎のような舌をチラつかせてとぐろを巻いている。あいつらを殺さねば…。このどす黒い蛇が私を飲み込む前に。

いつしか、私は、金さえ出せば誰でも呪い殺してくれるという『呪い屋【アナマテ】』に来ていた。アナマテはバーやスナックが入っている寂れたテナントビルの四階の奥にあった。不気味さを演出するために、わざと取り替えていないのかアナマテに至るまでの廊下を照らす蛍光灯はチカチカと今にも消えてしまいそうに危うく光っていた。

アナマテに入ると、フードを深々と被った黒いローブ姿の老人がいた。いかにも過ぎる出立ちがチープに見えてしまう。店内はいたるところに蝋燭が灯っている。一本でも倒れたら大変だ。床もテーブルも椅子も、ほとんど木製なので大変なことになる。消防法上、問題があるんじゃないかと思ったが、よく見ると蝋燭はプラスチック製で、電球の光が炎のように揺らめいている。

「あなた、なかなか良いうらごろもを纏っていますな」
呪い屋が言った。

「恨み衣?」
「まぁ、恨みのオーラみたいなものですな。あぁぁ、かなり根の深い恨みだ。よほど呪い殺したいらしい」
「当たり前ですよ!私の息子を、あんな事にしたやつらを」
「息子さんが、どうなさいました」
「…自殺、したんです」
「自殺?」
「私の息子を自殺に追い込んだ奴らを、呪い殺ろしてやりたいんです」
「わかりました。あなたの想い、呪いに変えて届けましょう

そう言うと、呪い屋は、低い声で呪文のようなものを唱え始めた。儀式は30分ほど続いた。

「これで、息子さんを自殺に追い込んだ者は死にます」
「本当ですか?」
「ええ、息子さんの魂が呪い殺すのです」
「息子の魂が?」
「彼を自殺に追い込んだ者の前に現れて呪い殺すのです」
「息子の魂があいつらを呪い殺すんですか?」
「はい。よろしければ、なぜ、自殺をしたか教えてはくれませんか?」
「ええ、息子は小、中、高といじめられていました。でも、あの子は負けなかった。私たちは親子でいじめに立ち向かったんです。もともと身体の弱い子でした、でも、頭は良かった。だから、頭の良さであいつらを見返してやれと…。私はあの子にありとあらゆる教育を施しました。幾つも塾にも行かせました、ピアノも習わせました、勿論テレビは教育テレビしか見せませんでした。その甲斐あって、息子はハーバード大学に主席で合格しました!それなのに、当然、役者になるとか言って、劇団に入ったんです。わたしは猛反対しました。当然でしょ?それからしばらくしてですよ、息子が自殺したのは。きっと、劇団の連中がしつこく息子を…あ、あ、あ」

なんという事だろうか!私の目の前に、たけしが立っていた。

「どうしました?」
「たけし…呪い屋さん!たけしが!たけしがそこに立っています!私に会いに来てくれたのか!もう、あいつらは呪い殺したのか!」
「お客さん、ここで死なれちゃ困るんで、店から出て行ってくれませんか?あ、その前に料金の四万四千四百四十四円。つり銭無しでお支払い、お願いします」

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