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短編【幽霊の手形】小説

私の職業はルポライター。世の中の奇妙な出来事を取材し雑誌に掲載している。ルポライターに必要な能力が何かご存知だろうか。文章力?いや、違う。構成力?それも違う。話を聞き出す話術?残念。それも違う。ルポライターにとって必要な能力。それは、人々が興味を惹く出来事にであう『運』だ。特に私は奇妙な人物に出会う事にかけては誰にも負けない自身がある。取材をしなくても、面白い話、奇妙な話が低気圧で流れ込んで来る雨雲のように私の周りに集まってくる。今日も、初めて入ったジャズバーで風変わりな老紳士に出会った。その老紳士は真夏にもかかわらず首に真っ赤なマフラーを巻きつけていた。

「実はね、私、幽霊の掌紋を鑑定した事があるんですよ」
「掌紋?」
「手の平のシワですよ」
「ああ、手相ね。鑑定って、占い師ですか?」

私が一人、カウンターでハイボールを飲んでいる時に老紳士は話かけてきた。

「いえいえ、違います。鑑識官ですよ。昔ね。今はもう定年しましたけど」
「へー。鑑識…。幽霊の掌紋を…。面白い話ですね、聞かせて頂けますか?その話もっと詳しく」
「15年前の話なんですけどね、車の衝突事故があってね。車線を脱線した方の運転手が幽霊を見た、って言い出して」
「幽霊を」
「なんでも、走っている車の外から手の平がバンバン車を叩いていたらしいんですよ。それに驚いて、対向車線にハンドルを切って、そのままドン!と」
「へぇ」
「勿論そんな話が通じるわけがなくてね。結局、脇見運転で車線を脱線したって事になったんですよ。その事故車、私も実際に見たんですけどね。付いてるんですよ本当に手形が。それも無数に。見た限り全て同じ掌紋でね。それで、私、こっそりその手形を照合してみたんですよ」
「へえ、幽霊の手形を?で?どうでした?何かわかりましたか?」
「結論から言えば、何も。掌紋は犯罪歴のある人物から採取しますからね。その掌紋には前科がありませんでした」
「ああ、そうですか…」

それは残念だ。と私は思いながらハイボールを飲んだ。でも、与太話としては、なかなか面白かった。


「意外と多いんですよ、幽霊の掌紋が付いた事故車って。それで、ついつい他の幽霊の掌紋も調べてみたんですよ。そしたら、みんな同じ手形だったってわかってね」
「みんな同じ?」
「そう、よく幽霊話で車に手形が付くって話あるでしょ?あれ、全部同じ幽霊なんですよ。で、もっと調べて見たんです。そしたら面白い事がわかりましてねぇ」
「なんですか?それは」
「車の窓に沢山の手形が付いていた。っていう、幽霊話、いろいろ調べてみたら昭和28年ごろから言われてるんです。それで、もう一度調べ直したんですよ、幽霊の掌紋を。50年以上も前の資料をね。そしたら、有ったんです。幽霊の掌紋と同じ掌紋サンプルが」

「え!じゃあ、あの幽霊の手形の持ち主って、犯罪者だったんですか?」
「はい。昭和28年、ちょうど、『幽霊の手形』の話が出回った時期に、一人の男が死刑になってるんですよ。強姦殺人の罪で」
「死刑に?」
尊能寺そんのうじ武彦たけひこという男が死刑に。その強姦魔と幽霊の手形の掌紋が一致したんです」
「その男と幽霊の手形にはどんな関係があるんですか?」
「尊能寺武彦は、畜産業を営む富豪の一人息子でね。まぁ、金持ちのボンボンです。当時としては珍しい国産車を乗り回して、女を拐っては車内で犯してたんですよ。5人の女性と2人の男性を殺して、山に捨てたそうです」
「男の人も、ですか?」
「ええ。男も犯して殺したそうです」
「この話、まとめると尊能寺武彦っていう強姦魔が死刑になったその年に、窓に手形を付ける幽霊の話が出始めた。って事ですよね」

私はついメモを取りながら話をまとめていた。もしこれが本当の話しなら取材してみる価値はある。


「そうです。その幽霊話は北海道から広まったんです。そして、尊能寺武彦が死刑になった拘置所は札幌拘置所なんですよ」
「へぇ、北海道から…。あの幽霊の手形が強姦魔のものだったなんて…。面白い話が聞けました。この話、記事にしてもいいですか?」
「いいですよ。でも、まだ続きがあるんだけどね」
「え?続きが?是非聞かせて下さい」

老紳士は満足そうに微笑むと話の続きを聞かせてくれた。

「昭和28年に北海道で『幽霊の手形』の話が初めて出てきたって、言ったよね?」
「はい」
「色々調べていくと、次にこの話が現れるたのは昭和35年の岩手県でね。その次が昭和38年で茨城県、その次は昭和57年の東京都、その次は」
「ちょっと待って、この幽霊話、北からどんどん南に下がってきているけど」
「よく気づいたね。死刑になった強姦魔、尊能寺武彦の怨霊は、車に取り付いて、北海道から少しずつ南に移動しているんだよ」
「霊が車に取り付いて移動?なんでそんな事が解かるんですか?」
「いろいろ調べていく内に、私に取り付いたんですよ、強姦魔の霊が」
「え?」
「私も身にも起こったんですよ。運転中に突然窓を叩く音がして、振り向くと車の窓ガラスに無数の手形が…。私の場合は、窓に手形を付けるだけでは無く、直接、触れてきたんです」
「幽霊に触られたんですか?」
「知りすぎたんですかねぇ。幽霊の手形の秘密を。旅行で北九州に行った時にね。レンタカーを運転中に急に首を締められましてね」

と、言いながら老紳士は首に巻いていた真っ赤なマフラーを外した。そこにはくっきりと首を締めた後があった。

「尊能寺武彦。この名前、知っては行けなかったんですね。貴方も気を付けて下さいね。北九州より南の土地の、夜の運転には…」

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