![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/73922364/rectangle_large_type_2_69f67b2738ccd52c43c5981611c98a98.jpg?width=800)
短編【チコちゃんの誕生日】小説
『ニーラカーラ物語』『チコちゃんの誕生日』で知られる童話作家、志島佳代の葬儀はごくごく近しい者だけに知らされ密葬で執り行われた。
『チコちゃんの誕生日』シリーズは1993年から2012年までの19年間、毎年一作づつ発行された志島佳代の代表作のひとつだ。
『チコちゃんの誕生日〜いやいやチコちゃん〜』で三歳の女の子だったチコちゃんが毎年一歳づつ歳を取って2012年発行の『チコちゃんの誕生日〜チコちゃん結婚する〜』でチコちゃんは二十二歳になってシリーズは終了した。
志島佳代の著作は海外にもファンが多く、本葬を執り行えば弔問客は百や二百では収まらないと予想された。
志島佳代が亡くなったの理由が殺人事件であるという事を思えば、親族が密葬にしたのも合点がゆく。
志島佳代はクリスチャンだったので、佳代が通っていた『エルサレム基督教会』が葬儀の場を提供してくれた。
葬儀には、出版編集長や歴史小説家、白石文美子など、数人の文芸関係を除けば殆どが親族だった。
なので葬儀の受付をしていた志島朋美が見知らぬ二人に声をかけたのは無理からぬ事だった。
志島朋美は故人の姪孫、身内にあたる者である。
「あの。すみません。今日は身内だけの葬儀なので」
ファンの方はーー。
朋美が受付で香典袋を出そうと二人に申し訳なさそうに言った。
ひとりは六十代の男性で、もうひとりは三十代の女性。
女性は志島佳代の本を持っていた。
男性は少し困った顔をして手に持った香典袋を見つめた。
「そうですか。すみません」
と一言そう言って踵を返した。
「ちょっと、お父さん、待って」
それを傍にいた女性が止めた。
「私たち明智と申します。聞いてませんか?山岸神父様から」
「山岸さんから?すみません。何も」
「そんな。…すみません、神父様を呼んできては貰えませんか?」
「あ、はい」
朋美はパイプ椅子から腰を浮かせて香典袋や弔問客帳が置いてある長テーブルから離れ神父が居るであろう祭壇へ行ったが、そこには親族や少数の招待客が居るだけで山岸神父の姿はなかった。
そこで、朋美は気がついた。
いけない!香典袋をそのままにして受付を離れては!
朋美は、慌てて受付へ戻った。
そこには、先程の二人と山岸神父がいた。
「あ、山岸さん。良かった」
「すみません、朋美さん。伝えるのを忘れていました」
明智親子は志島佳代の親族以外で唯一の一般客だった。
志島佳代は両足が膝下から無いという障害がある事で知られている。
ファンならば、その両足は30年前、志島佳代が五十代前半でトラック事故で失った事も当然知っている。
そのトラックを運転していたのが、当時32歳だった明智修平だった。
志島佳代が自身の両足を奪った男と長年、交流があった事は誰も知らなかった。
山岸神父以外は。
事故は明智修平の居眠りによる前方不注意によるもので、その事で人ひとりの両足を奪ってしまった事は当然、責められるべきであった。
だが過失運転致死傷罪に問われた明智修平が執行猶予三年で済んだのは、初犯である事も理由ではあるが、何よりも被害者の志島佳代が、それを強く望んだのが大きく影響した。
明智修平が志島佳代の両足を奪った日の約一ヶ月前。
明智修平は妻を病院で亡くした。
妻は二人目の子供を身籠もっていた。
出産時による死亡だった。
一夜にして愛する人を二人も失い、二歳の愛娘を抱えて明智修平は途方に暮れていた。
近所の人の協力や、亡き妻の親戚の協力もあり、明智修平は何とか娘と二人の生活をつづけてはこれたのだが、やはり精神的な疲労は少しずつ忍び寄ってきていた。
そして、とうとうトラックで人身事故を起こしてしまったのだ。
その事情を知った志島佳代は、自分の身に起きた大惨事をよそに明智修平に金銭的援助を申し出たのだ。
これも何かの縁、神様が繋いだ縁だと志島佳代は思った。
子供が居ない佳代には、二歳の女の子を不幸にする事は出来なかった。
明智修平としては至極ありがたい申し出であったが、本来なら慰謝料を支払うのはこちらで援助を頂く道理はないと、丁重にお断りした。
慰謝料の支払いを免除してくれただけでも有り難かった。
しかし、それでも志島佳代は二人のために何かをしてあげたかった。
事故の翌年、志島佳代は『チコちゃんの誕生日』を発表した。
二歳だった明智修平の娘、平岡知子は今年三十一歳になっていた。
葬儀に参列した平岡知子の胸元には『チコちゃんの誕生日』の初版本が大切そうに収まっていた。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?