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短編【空飛ぶマリー】小説
美しい自慢の髪はバッサリと短く切られていた。
か細い両の腕は後ろ手にきつく縛られている。
身窄らしい貧素な服を着せられていても、その凛とした姿勢は気品に満ちていた。
彼女は堂々と前方に聳え立つギロチン台を見据えて歩いた。
途中、死刑執行官シャルル・アンリ・サクソンの足を踏みつけた彼女は己の人生で最後の言葉を発した。
「あら、ごめんなさいね。わざとじゃないのよ。わざとじゃ」
1793年、10月16日。
パリの中心部、チュイルリー公園とシャンゼリゼ通りに挟まれて後にコンコルド広場と呼ばれるようになるこの場所で、マリー・アントワネット・ジョセファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・ドートリッシュは斬首された。
ギロチン台の下まで来るとマリーは膝を折って首添台に首を置こうとした。
「待て」
先ほど足を踏まれた死刑執行官シャルルが制する。
シャルルはマリーを捕らえている役人に何やら耳打ちをした。
役人は顔に一瞬の戸惑いを見せた。
しかしシャルルは残忍な光を目に宿し、やれ、と顎で命じた。
通常ギロチンはうなじを天に向け囚人は地面を見る格好で行われる。
ところがマリーは咽喉が天を向く形、つまりギロチンの刃が見えるような不自然な格好で首を固定された。
落ちてくる刃が良く見えるように。
マリーの死に様を見ようと集まっていた野次馬の民衆は遠巻きにその演出にどよめいた。
非難するものは誰も居ない。
それほどまでにマリーは民衆に疎まれていた。
思わずマリーの口元に自嘲の笑みが浮かんだ。
マリーは何も考えないようにしていた。
もう、考えることに疲れ果てていた。
ただ、青い空だけを見ていた。
その青い空に一瞬、一羽の鳥が飛び過ぎて行った。
あれは、鳩かしら。鷹かしら。
執行官の号令でギロチンの重い刃を支えていた太い縄が切断された。
分厚い黒鉄の刃は自重でぐんぐんと地面に引き寄せられる。
刃に括りつけられていた縄は首を切られた蛇の様に暴れて空に舞った。
すぐさま黒い刃はマリーの白い咽喉を捉えた。
そして、そのままマリーの柔らかい広頚筋を引き裂いてゆく。
この時点ではまだ出血はしていない。
続いて甲状舌骨筋を分断して頚動脈と頚静脈、そして背骨の中を通っている椎骨動脈が切断された。
その瞬間、頚動脈と椎骨動脈の二本の動脈から鮮血がほとばしる。
なおもギロチンの刃はマリーの中を突き進み胸鎖乳突筋を切り裂き僧帽筋まで到達した。
まさに首の皮一枚である。
38歳というまだ若く力強い心臓の血圧に半分まで切り込まれた僧帽筋は耐えることが出来なかった。
ギロチンの刃がマリーの白く細い首を完全に断ち切る前に僧帽筋は血圧の勢いに負け引きちぎれた。
マリーの首は噴血に乗って天高く舞った。
脳への酸素が遮断された瞬間、人は意識を失う。
天に高く高く舞ったマリーは青空を飛び過ぎった鳥が真っ白い鳩だったという事を、ついに認識する事はなかった。
転がり落ちたマリーの首が民衆の歓声を聞くこともなかった。
この時代、斬首刑は一種の娯楽だった。
日常の出来事だったのだ。
民衆の鬱憤を鎮めるには生贄が必要だった。
そして現代。
我々はネットで人の首を切り溜飲を下げている。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
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