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短編【霧が晴れたら】小説
志島洋は混乱していた。
見覚えのある浴室。
大伯母の家の浴室だ。
その浴室で血に塗れて倒れている大伯母と気絶している看護師がいる。
べっとりと血に染まっている自分の右手を見つめて志島洋は混乱していた。
「【ニーラカーラ物語】で知られる童話作家、志島佳代さんが殺害されるという痛ましい事件が起きてしまいました。犯行に及んだのは志島さんの姪孫にあたる志島洋容疑者27歳。警察によりますと、容疑者は犯行を全面否認しているようです。容疑者は志島さんの実の弟の孫に当たり、志島さん自身には子供はいませんでした。事件当日、志島さんは入浴介助サービスをうけており、看護師も事件に巻き込まれた様子です」
世界的に有名な童話作家、志島佳代の訃報は多くの人々を驚かせた。
その凶行におよんだ志島洋は四時間に及ぶ取り調べを終え留置所の監房に入れられた。
その監房は廊下側の壁がすべて鉄柵で作られており、何処からでも看守に見られる造りになっている。
壁も床も天井も鉄柵もすべてが白色に塗装してあり、2メートル置きに設置されている蛍光灯がさらに白さを際立たせている。
牢屋という薄暗く陰湿なイメージと裏腹に、実際の留置所は明るい。
その明るさで容疑者のプライバシーは文字通り白日の元に晒されている。
あの日、志島洋は大伯母の志島佳代の家に向かっていた。
そもそも何をしに大伯母に会いに行ったのかも覚えてはいない。
洋と家と佳代の家は二駅ほどの距離で年に一回しか会わない間柄だった。
洋は一ヶ月前から続いてる耳鳴りが佳代の自宅の前で激しく鳴ったのを覚えている。
脳が震えるほどの雷鳴。
そして頭の中に広がる濃霧。
霧が晴れると、見覚えのある浴室にいた。
大伯母の佳代がタイルの上に倒れ絶命していた。
貫かれた胸部から大量の血を流して。
洋は四時間に及ぶ取り調べ中、自身のプライベートな事は全て正直に話したが事件の事に関しては何も覚えていないと言い張った。
それは半分は本当で半分は嘘だった。
本当に事件直後は何も覚えてはいなかったが、取り調べの最中、少しずつ記憶が蘇ってきていた。
あの時、洋はとにかく大伯母を殺さなくてはならないと思っていた。
殺すというよりも正確には退治、もしくは排除。
そしてさらに不可解な記憶。
大伯母が飼っていた子猫、ロシアンブルーのチャコが話しかけてきたのだ。
正確な言葉は覚えてはいないが確かに喋ったことは覚えている。
しかしそれは言えなかった。
そんな事を言えば狂っていると思われる。
いや、その事を正直に言った方が良かったのか。
そうすれば心身薄弱状態だったという事で罪が軽くなるのではないか?
罪?俺はその罪を認めるのか?
やってなんかないのに。
やった覚えなんて微塵もないのに。
そもそも、自分が狂っているという事を打算で打ち明けられるというのは狂ってはいないのではないか?
それじゃあ、あの記憶はなんなんだ。
鮮明すぎるあの記憶は?
精神的に追い詰められて作り出した記憶なのだろうか?
だとしたら俺はやっぱり狂っているのか?
でも、狂っている事を自覚しているのなら、それは狂ってはいないのではないか。
洋は骨折の処置で包帯が巻かれている右の拳を見つめて自問の渦の中に落ちていった。
検察側は志島洋に対して実刑十二年を求刑した。
しかし、動機が不明である事、そして何よりも凶器が見つからなかった事などの不明な点が多く結局、十年の実刑判決が下った。
検死の結果、志島佳代の心臓は志島洋の拳で突き破られた。
という事になっている。
佳代の心臓部の肉片に洋の右手の皮膚組織が見つかったことが、その根拠である。
だか人間の力でそのような事が出来るだろうか?
常識的にあり得ない。
志島佳代はどのような方法で殺害されたのか。
その合理的な立証を検察側ができなかったのが求刑に至らなかった理由である。
志島洋は今なお獄中から無罪を訴えている。
いったいあの日、何が起こったのか。
真相は別の視点の物語を覗き見る事の出来る、あなたしか知り得ない。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
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