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短編【タンナ島に棲む龍】小説


フィジーとニューカレドニアの間に浮かぶタンナ島には龍が住んでいる。

ヤスール火山という名の龍だ。

世界で最も火口に近づくことができる生きた火山。

俺は泥がこびりついた中古のハマーに乗せられて一時間半近く高低差の激しい山道を登って行った。
四輪駆動の馬力がなければ進むことが出来そうもない岩山だ。
一眼レフカメラ、ニコンのd500を落とさないように構えて車内から外の景色を、俺は切り取る。

合計三台の四輪駆動車は俺を含めた十人の旅行者を乗せてヤスール火山の火口付近へ向かっている。

アマチュア写真コンテストに出す作品のために、俺は相棒のニコンd500と一緒にバツアヌ共和国までやってきた。

ヤスール火山が雄叫びをあげて炎を噴き上げる瞬間をカメラに収めるために。

写真のタイトルも決めている。
『龍〜大地の叫び〜』
『大地の叫び』にするか『大地の怒り』にするか一週間悩んだ。
まだ写真も出来ていないのに先にタイトルを決めてしまうのが俺のスタイル。

タンナ島の滞在期間は三日間。
そして今日がその三日目、最終日だ。

一日目も二日目もヤスール火山は赤々と燃える石飛礫と黒煙を吐き出すだけだった。
それでも、その度に観光客たちは歓声をあげている。
だけど、それは俺が求める絵じゃなかった。

写真のタイトルは『龍〜大地の叫び〜』だ。
全然叫んでない。
そんな、あくびみたいな噴煙じゃ駄目なんだ。

俺は三回目の火口登山だからヤスール火山が小さく噴火したくらいで歓声をあげる事はない。
だけど他の観光客は一度見学にきたらそれきり。
毎回、違う観光客が来て毎回、喝采の声があがる。

それはそうだろう。
いくら火山の噴火が神秘的でエキサイティングであっても、行きと帰りで約三時間も四輪駆動車の振動に耐えなければならないのだから。
普通は一回観れば充分だ。

ところが一人だけ、俺の他に、たった一人だけヤスール火山の噴火に無感動な女がいた。
ただジッと一点、溶岩が燃えたぎる赤々とした火口を見詰めている。

俺と同じ日本人だ。
中国人や韓国人の可能性もあるのに俺はそう思った。

彼女は両手に白い陶器の壺のような物を持ち胸に押し当てて大事そうに抱えている。

俺は、その容器の中には骨が入っているんじゃないかと思った。

彼女の思い詰めたような決意したような後悔しているような何とも言えない表情と凛とした姿勢。
そして全身、黒を基調とした服装が喪に服している雰囲気を醸し出していたからだ。

その姿に惹かれて俺は思わず名も知らない女のバストショットを横から撮った。

ツアーコンダクターの見学終了の合図に観光客たちは感動を仲間と語らいながら、ぞろぞろと火口から離れていった。

結局、ヤスール火山の雄叫びを収める事はできないのか。
でも、まあ、いいか。
そのかわり、いい写真が撮れたのだから。
流石にコンテストには出せない写真だけど。

俺はニコンd500の液晶画面に収められた女の写真を確認してから、もう一度、彼女を見た。

その時、彼女が、壺の様な物を、ヤスール火山の火口に……投げた。

壺の様な物は火口には届かず、その手前で落ちた。
壺は割れることなく、岩肌の斜面を転がり落ちて溶岩の中へ消えていった。

ヤスール火山が壺を飲み込んだ、その瞬間。

火口から火柱が上がった。
地鳴り、観光客の大歓声。

龍の雄叫びはニメートル以上の火礫を吐き出し綺麗な放物線が幾筋も光っていた。

俺はニコンd500を構え損ねた。
女に気を取られ肝心な瞬間を見逃してしまった。

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