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短編【天使ちゃん】小説

天使えんじぇるは薄暗い押し入れの角を見詰めていた。両膝を抱えてじっと角を見詰めていると自分の身体が優しい闇の中に溶けてゆく感じがする。

天使えんじぇるはそっと瞳を閉じる。闇がいっそう深くなる。そして、あの子が来るのを待つ。

消えてしまいたいくらい辛いときに、あの子はやってくる。
大丈夫、大丈夫、ボクがいるから大丈夫、とあの子はやってくる。

今日も来てくれる?お願い早く来てお願い。そうじゃないと、あたしは自分で自分を消しそうで怖い。

天使えんじぇるは強く瞼をつむる。押し潰すように強く。微かに、あの子の声が聴こえ始める。だけど、はっきりとは聞こえない。瞳の奥の闇の中から、あの子の小さな小さな呟きが聴こえる。

今日は来てくれた。ずっとずっと待っていた。あの子の声が耳元で聴こえそうになったとき突然、玄関からノックの音が聞こえた。

その音に驚いた天使えんじぇるは思わず目を開けた。押し入れの中の淡い暗闇が天使えんじぇるを現実に引き戻す。玄関から聞こえるノックの音は、だんだんと激しくなってゆく。天使えんじぇるは両膝を強く抱きかかえて暫くやり過ごしていたが、ノック音は止む気配がない。

天使えんじぇるが玄関を開けると、そこには背の低くて丸っこいおばさんが立っていた。

「こんにちは。天使えんじぇるちゃん?もう大丈夫だよ」


漣間さざま悠子ゆうこが略取誘拐罪で捕まったのは、これで三回目、執行猶予中の犯行だった。

漣間さざまは元児童福祉司だった。
彼女を知る同僚たちは口々に、漣間さざまさんは仕事熱心でした。異常なほどに。と言う。

漣間さざま悠子ゆうこの弁護士や担当検事は彼女の補充捜査をしていくうちに異常なほどに仕事熱心というのが言葉の綾ではない事を知る。

漣間さざまは仕事が休みの日も業務が終わった後も虐待の恐れのある児童の近辺調査をし続けた。
さらに自己出費で興信所の探偵を雇い虐待の証拠をつかみ、それを児童の親につきつける事までした。

もちろん、それは児童相談所としては行き過ぎた行為だ。

児童相談所は、市町村と適切な役割分担・連携を図りつつ、子どもに関する家庭その他からの相談に応じ、子どもが有する問題又は子どもの真のニ-ズ、子どもの置かれた環境の状況等を的確に捉え、個々の子どもや家庭に最も効果的な援助を行い、もって子どもの福祉を図るとともに、その権利を擁護することを主たる目的としている…。

つまり児童相談所はあくまで「支援」が目的であり「介入」に重きを置いてはいない、という事だ。

漣間さざまは離婚歴があり、自身の子供の親権を元夫に取られてた。
そして、その子は虐待死している。
それが、略取誘拐という犯罪を繰りさせた動機であることは想像にかたくはないが、だからと言って許されるものでもない。

漣間さざまが三度目の誘拐で連れ出した小林こばやし天使えんじぇるは、その日の内に親の元に引き取られた。
幼い天使えんじぇる自体に外傷等が認められず、なおかつ本人が親元に戻る事を望んだからだ。

天使えんじぇるには外傷はなかったが年のわりに身体が小さく、表情も乏しく、明らかに健常ではなかった。しかし、天使えんじぇる本人が家に戻りたいと言っている以上、児童福祉法は手出しができない。

天使えんじぇるが親元に戻ったという事を取調室で聞いた漣間さざま悠子ゆうこは、絶対に戻してはいけない!と声を荒げて抗議した。

あの子の親は身体に傷をつけない方法で、あの子を虐待している!あのままでは、あの子の心が壊れる!もう、壊れ始めている!

漣間さざま悠子ゆうこには一年六ヶ月の実刑が言い渡された。

密かに行われた小林こばやし天使えんじぇるに対する虐待は数年後には性への虐待に変わり、やがて彼女の精神は幾つかに分裂した。
そして二十一歳の誕生日目前に自ら命を絶ってしまうのだ。


支援と介入。
児童福祉司たちの苦悩を嘲笑うように児童虐待は今日も何処でひっそりと横行している。

⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

葵ちゃん

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