見出し画像

短編【てっちり鍋】小説   

「って言うコントを考えたんだけど、どう思う?」
「先輩。僕は好きですけどね。ただ下品です。ただ、ただ、下品です。笑うのは男性客だけで女性客はドン引きでしょうね」
「だよねー」

フグ料理屋の個室で、劇団インディゴブルーの先輩役者、濱田はまだげんは後輩の古賀こが知義ともよしに自分が創ったコントの台本を見せた。コントのタイトルは『072論』と書いてある。

「ウチの劇団の品位が疑われますよ?アンケートになんて書かれるか、考えただけでも恐ろしい。そんな事より先輩!どうしたんですか!こんな所に呼び出して。表に『フグ料理専門店』って書いてありましたけど、何を食べさせる気ですか?」
「フグだよ。フグ料理専門店なんだから』
「だからなんで?なんでフグ?」
「何が」
「いやいや、可笑しいでしょ?「飯食いに行こう」って誘われて付いてきたらフグ屋。可笑しいでしょう!身の危険を感じるでしょう!」
「なんで身の危険を感じるんだよ。失礼だろ店に」
「最近、この辺で連続バラバラ殺人事件が発生してるじゃないですか?まさかフグの毒を俺に食わせて」
「じゃ出ようか?フグ食うの止めるか?」
「じょーーだん!先輩、じょーーだん!!フグなんて食ったことないから無駄にテンション上がってるだけっす!あ、バラバラ殺人事件で思い出した。俺の中学の時の先輩に山田っていうのがいるんですけど」
「お前、ホントによく喋るな」
「山田っていうのがいるんですけど、そいつ霊感があるらしくて、今、女の幽霊の取り憑かれてるって言ってるんですよ」
「へー。幽霊に」
「で、その幽霊がバラバラ殺人事件で殺された人だって言うんです。気持ち悪くないですか?」
「失礼しまーす」
話が盛り上がっているところへ、店員の坂口さかぐち百合香ゆりかが、二人前のてっちり鍋の具材を持って個室に入ってきた。割烹着を可愛らしくアレンジしたユニフォームを着て頭はバンダナで長い髪をまとめている。

「お待たせしましたー」
「おー。きたきた」
「お熱いですから、お気を付けて下さい」
百合香ゆりかは笑顔で鍋の具材を所狭しとテーブルに並べる。そんな百合花に古賀は見惚れている。役目を終えた百合香は、どうぞ、ごゆっくりーと言いながら個室を出て行った。

「おお!美味そう!遠慮なく食え」

古賀は百合花が去った後も、百合香の残像に見惚れている。無茶苦茶可愛い!ど真ん中!どストライク!古賀はそう思っている。

「おい!」
「はい?」
「食えよ。早く」
「あ、はい!」

濱田の声に現実に引き戻された古賀は目の前の、てっちり鍋の具材を改めて見て。

「うわあ!美味そう!先輩!ホントにいいんですか!?こんな高級なモノ食っても!」
「なんだよ、お前、フグ鍋食った事ないのか」
「ないですよ!有るわけないじゃないですか!俺みたいな貧乏な役者が食えるわけないじゃないですか!先輩!おれ食いますよ!いただきまーーっちょっと待ってーーい!」
「なんだよ」
「待て待て待て待てぇーーい!あっぶね!そういう事か!!あっぶね!」
「何が」
「確認しますよ!コレ、先輩の奢りですよね!割り勘とかじゃないですよね!」
「当たり前だろ!後輩に金出させるかよ。俺をなめんなよ」

濱田は劇団員の中で唯一、メディアの仕事を持っている。DJを務めるラジオ『濱田源のみっともナイトSUPER』は中高生を中心にかなりの人気番組だ。

「マジっすか!先輩!おれ涙が出そうっす!感激して涙が出そうっす!」
「じゃ出せよ、涙。役者だろお前」
「いっただきまーす!はふはふ。あち、うま!うまい、はふはふ」
「食ったな…」
「はふはふ。なんすか?」
「お前、フグ食ったな。もう後戻り出来ないぞ」
「ちょっと…なんですか…今更割り勘っていわれても」
「今度の舞台の話だけどな、お前、腹痛を起こして苦しむっていうシーンが有るだろ」
「はい。有りますけど、なんですか、急に」
「あそこ、どう見ての腹が痛いように見えないんだよな。急性腹膜炎をおこしてのたうち回る場面だろ?もっと迫真な演技をしないと」
「分かってますよ、そんな事。なんですか、急にダメ出しして」
「おれ、今日340円しか持ってないんだ」

もちろん嘘である。そんなワケがない。濱田は古賀に対してある事をするために嘘をついた。

「へ?ど、どうするんですか!おれ、食っちゃいましたよ!」
「フグの毒に当たれよ」
「ん?何言ってるのか良く分からないんですけど」
「フグの毒に当たった芝居をしろって言ってんだよ!騒ぎを起こしてドサクサに紛れて食い逃げするんだよ。いいか、迫真の演技で頼むぞ、全てはお前の芝居に掛かっている」
「何いってるんですか!俺の親父も兄貴も警察官ですよ!警察!」
「そんなモン、関係ない!!」
「何で、そんな事するんですか!」
「お前に迫真の演技をさせる為だよ!座長に言われたんだよ、お前の演技、どうにかならないかって!いいか!死ぬ気で芝居しろよ!すみませーん!」
「ちょっと!」
「苦しめ!店員がくるぞ!すみませーん!」
「ええ! 」
「早くしろ!すみませーん!!」
「うぐぐぐぐぐ!あだだだだ!」

こんな馬鹿げた事をする濱田も濱田だが、信じる古賀も古賀だ。

騒ぎを聞いて百合香が急いでやってくる。

「はい。ああ!どうしました!」
「フグ食べたら急に苦しみだして」
「ええ!」
「大丈夫ですか?お客さん!お客さん!」
「あがががが!ぐぐぐがががが!ってください!」
「はい?」
「ううう!ってください!」
「え?」
「付き合ってください!」
「オイっ!」
何を言ってるんだ!と吉田は鍋に入れてあるお玉を古賀の頬に付ける。
「あっつ!!あっっっっつ!!」
「ちょっと待ってて下さい!店長!店長―!」

本当に迷惑な話だ。フグ毒、テトロドトキシンに当たってしまったと本気で信じた百合香は転げるように急いで厨房にいる店長の元へ行った。

店長の宮田みやた正一郎しょういちろうは七十歳を超えているが、体格がよく十歳は若く見える。もともと教員だったが退職後、フグの調理免許を取りフグ料理専門店『割烹ふぐ正』を始めた。

「どうしたの」
「あの、お客さんが毒に当たって!」
「えええ。毒に当たった?そんな馬鹿な。参ったなー」
「あの、店長、救急車に電話」
「いやいや、電話は待って。困ったなー。食い逃げかなー」
「何言ってるんですか!店長!」
「んーー。参ったなー」
「店長!早く電話!私、電話しますよ!」
「ちょっと待ちなさい!んーー。どうしたらいいんだ!」
「どうしたらって!電話でしょ!タイプなんです!あの人、むっちゃタイプなんです!!早く救急車に!!早くしないと、あのイケメン、死んじゃいますよ!」
「あのねー。うちねー」
「なんですか! 」
「フグ使ってないんだよねー」
「ええ!!」
「参ったなあ。どうしよう」

五十年以上教員生活をしてきた宮田は、経営の厳しさを舐めていた。人生で初めてしてしまった不正を、宮田はすんごく後悔している。



⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

072論

悪意のお味噌汁

寿限無さん

夜間タクシー


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?