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満月の夜

#月

 まだあどけない少年だったころ、オオカミにあこがれていた。
 あわよくばオオカミ男になれそうな気がして、満月の夜には、家の屋根に上って、飽かずに月を眺めていた。高いところが好きだったので、そんなことはわけもなくできた。
 
 そのころ、小学校の図書室で借りた、「シートン動物記」に夢中だったのだ。第一章の「オオカミ王ロボ」は、何度読み返したことか知れない。
 ニューメキシコ州の大平原を舞台に、ロボが颯爽に大地を走り抜けるのを、胸躍らせて読んだ。最後に、人間が仕掛けた罠にかかって捕らえられても、自らの尊厳を決して失うことなく死んでいくロボに、強い憐憫の情を起こしたものだ。
 
 月明かりが、あたり一帯を浮かび上がらせていた。
 その中で俺は、瓦の上に寝そべって、こうこうと輝く満月を見上げていた。
 そのときだった。ドクンと心臓が大きく鼓動した。背中は波打ち、胸の振動はますます激しくなっていく。みるみるうちに、全身は毛で覆われ、太い牙が生えてきた。自分がオオカミになっていくのがわかった。
 ひらりと屋根から飛び降りると、そのまま、風のように草原を走った。前を行くのはロボだ。闇の中を、見失わないよう必死にその後を追った。まわりの景色は、まるでコマ送りのように後方へと吹き飛んでいく。
 と、次の瞬間、足下で金属音が響き、地面が反転した。頭から大地に叩きつけられ、そのまま、二転三転した。むっくりと起きあがると、前足に、人間が仕掛けた罠が鋭く噛みついている。もがけばもがくほど、それは深く食い込んでいき、鮮血は止めどなく滴り落ちる。
 どうすることもできずに、その場にへたりこんだ。
 草原は、風一つなく、とても静かだ。
 空には、見事な満月が浮かんでいて、あたりを、妙に明るく照らしていた。

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