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短編小説「見えない彼女 1」

教室の後ろの席、窓際に座る彼女のことを、誰も気にしていないようだった。
気にしていないというのも、もはや間違いかもしれない。

彼女の姿は、他の人の目には見えていない。
俺を除いて、誰一人とも。

いつからだろう。
彼女の存在が、クラスの中で薄れていったのは。

彼女は、なかなかクラスの輪に馴染めないでいた。
声も小さく、話しかけられなければ人と関わろうとしなかった。

そしてあるとき、彼女はもう誰からも見えなくなっていた。

そう、俺以外は。
俺だけが唯一、彼女を視界に捉えている。

なんで俺だけが、彼女を視認できているのかはわからない。

でも、いつも寂しそうな横顔を見ていたくなかった。


そこで、俺は思い立った。

「おはよう」

その日、俺は彼女に声をかけた。

『え、どうして? 私が見えるの?』

彼女は少し驚いたような顔をして、俺を見上げた。

「今日の放課後、一緒に帰らない?」

『え? 私と…?』

彼女の目が大きく開いた。
小さく首を傾けている。

『誰に喋りかけてんだよ。それとも、独り言か?』

近くにいたクラスメイトに揶揄われた。

それでも俺は続けた。

「うん、そうだよ」

『でも、私なんかと…』

彼女は戸惑いながら一瞬、ちらりとクラスメイトの方を見た。

「大丈夫だよ。一緒に帰ろう」


こうして放課後、俺たちは並んで帰った。

道行く人は、誰も彼女に気づかない。
それよりも、俺を奇怪なものを見る目で通り過ぎていった。

『ごめんね、私のせいで…』

彼女は俯きながら、呟いた。

「俺が誘ったんだ。気にしないで」

『ありがとう、、、』

彼女の横顔。
はっきりではないが、揺れる髪の間から、少し上向いた口角が見えた。


『どうして君にだけは、私が見えてるのかなぁ…』

しばらく隣り合って歩いていると、彼女は、自ら切り出した。

「わからない…けど、ずっと見えてたよ」

『そう…』

彼女は足を止めた。
俯く彼女の横顔から、一粒の水滴が落ちた。

『私…悲しかった…寂しかった…ずっと一人で…』

その声はワントーン高く、小刻みに震えていた。

涙を拭ってあげたい。抱きしめてあげたい。
でも、その行為は己に憚られた。

「ごめん…俺がもっと、早くに声をかけていれば――」

『――それは、!』

彼女は俺の言葉を遮って、俺の体に抱き着いた。

『違うよ…』

彼女は、顔を俺の左胸に埋めながら、俺の制服をクシャっと握った。

『君が話しかけてくれて…本当に嬉しかったの…』

彼女は密着した体勢のまま続けた。
抑えたい鼓動が強く弾んでしまう。

『だから、』

彼女が俺を見上げる。そして、目と目が合った。

『ありがとう!』

初めて見る彼女の笑顔。
可愛い。それ以外に言葉は見つからなかった。

『あ、ごめんなさい、、、』

彼女は制服を掴む手を緩め、恥ずかしそうに俺から離れた。

「これから学校で、いつでも話しかけに行っていい?」

『一緒にいてくれるの?』

「うん、もちろん。もう目離さないから」

『私も』

その言葉に、二人で微笑み見つめ合った。

『下校再開しよっか』

「ふふ、うん」

二人で並んで歩く影が、夕陽に照らされて長く伸びていく。

彼女の毎日が、少しでも楽しくなることを俺は願っている。


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