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短編小説「30日目の言葉」

それはあまりに突然の報告だった。

親友はあと、ひと月で転校してしまう。

信じられない気持ちで、その言葉が何度も頭の中で反響した。
真顔で告げる親友の顔を見ながら、自分は何も言えなかった。

たったひと月だというのに、僕は何もできずに一週間、また一週間と時は過ぎていった。

今まで当たり前に出来ていたことがおぼつかない。
登下校はいつも一緒。しょっちゅう二人で遊びに出かけ、他愛もない会話で笑い合う。

でも今は、何もかもに親友の悲しげな言葉がちらついて、すべて奥手になってしまう。

毎晩、布団の中で言葉を探している。

「ありがとう」「寂しいよ」「忘れないで」

どれも言えばいいのに、口に出せない。


そして、ある日の下校時。

『最近元気ないよね』

その言葉は彼女が僕に気を遣ってのものだというのはすぐにわかった。
僕は情けなかった。

「うん…」

『じゃあさ、最後の日、二人でどこか行かない?』

親友の優しさと、自分の不甲斐なさに危うく涙を零しかけた。


最後の日、二人で思い出の場所を巡った。

遊び慣れた公園、帰りによく寄った駄菓子屋、秘密基地だった裏山。

『特別なところじゃなくて、いつもの場所が良かったの』

彼女はそう言って、一日を楽しそうに過ごしていた。


夕暮れの公園で、僕らは夕日を背に座っていた。

『今日もこんな時間だよ…早かったね…一か月もだけど…』

これが最後だってわかってる。言わなければ一生後悔する。
わかっているのに…なぜか言葉は出てこない。

『ごめんね…』

彼女の頬には涙が朱く光っていた。

ついに僕は、彼女を謝らせてしまった。泣かせてしまった。つらいのは、悩んでたのは僕だけじゃないことぐらい、親友ならわかっていたはずだったんだ。

僕は知らずのうちに、涙を流していた。

「僕の方こそ…何もしてあげられなくて…ずっと言いたかったのに言えなかった…」

その瞬間、溜め込んでいた言葉が嘘のように溢れ出した。

「ずっと親友でいてくれてありがとう。本当に寂しくてどうにかなっちゃいそうだけど、ずっと仲良しでいてね。ずっと忘れないでいてくれると嬉しいな」

彼女は顔を抑えながら必死に頷いていた。

その時、街には午後5時の鐘が鳴り響いた。

『明日は早いから、この時間に帰って来いって言われてるの』

彼女は夕日に向かって歩き出した。
これで本当にもう最後だ。僕は残る声を絞りだした。

「またね!」

彼女は涙跡を残したまま、満面の笑みで振り返った。

『うん! またね!』

後悔はない。

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