2024/08/11 自営業としてのプロnoterの起源--江戸から現代までをたどる
おはようございます🙏
私もnoteの世界は全く不案内なのでどうこう言える立場ではありません。
ただ、プロnoterは銭金が絡むと企業人らしくなってくるところに凄みを感じることがあります。
「これはボランティアじゃない。利益を出してなんぼなんだ。」
檄を飛ばす上司の背後には、成績上位者を称える名入りの半紙がひるがえり、売り上げ成績のグラフが壁面を飾る、私も職を転々とする中でそうした光景を目にしたことがあります。
「ボランティアじゃない。〜」はNHKニュースで聴いたことがあります。埼玉高速鉄道線の新社長に就任したばかりの社長が社員に飛ばした檄の中あった言葉です。
目の色が変わるんですね。それが良い悪いということじゃなくて、資本主義経済はそれで動いているのは確かです。
読者が離れ、収入が減る、これもボランティアじゃないnote使いには由々しいことでしょう。会社のために仕事をやって成績・利益を上げ続けているのが会社員だとすれば、自分の収入のために(そして読者のためにもというところが会社と違う)血道を上げるのがプロのnote使いでしょうか。
「読者は文句も言わず離れていく」、これはさっきの社長の熱い檄と違った意味で冷ややかな檄だと思います。他人のためか自分のためかの違い。
顧客の満足だけを尺度にしていれば良いのは(自治体ではこれを「魅力」と呼んだりするようですが)国や自治体ぐらいのものです。それでも接待とかの資金に困り裏金作りをしているところ、収益体質ではない哀しさのように見えます。表立って稼げると良いのでしょうが、それができるのは埼玉高速鉄道線みたいに官民の性格を併せ持つ「第三セクター」ぐらいです。
自営業とはいうものの、自らの力で稼いで自立するという発想はなぜか、金持ちの特権のように思われてきた節もありましたね。明治時代から官途に就くのが立身出世と故郷に錦を飾る早道(青雲の志)のように思われてきた節も世にはあります。そうした来歴を経てきた当時のその代表格が実業家、渋沢栄一だったのです。しかしながら、欧米の資本主義社会では、独立独歩が普通だったわけで、江戸〜明治期の留学者にはそこにカルチャーショックを受けた人々もいます。同時代で片やその思想を伝え続けたのが福澤諭吉といえます。
首相や知事のパワハラを我慢して自死を選ぶか、社畜と化すか、というのは極端ではありますが、それに近い話はいっぱいあります。人に仕えて利益に与る体質は江戸時代まで士族から小作農までのように連綿として存在した中、今以て自分の手で稼ぐ事はどこまでも新鮮な響きを持っています。起業などして大丈夫なのかという世の眼差しは依然として強いです。
この間、家康を主人公にした映画が封切りになって話題になっていますが、それだけ江戸時代の影響をこの社会が抜け出していないという証左だと思われます。
独立独歩の自営業、noteで食べる(プロnoter)のもそれぐらいの決意が要るという事でしょうか。元祖で著述業で身を起こした人々も多い中、『学問のすゝめ』が明治時代当時からのベストセラー(ニセ本も出るぐらい)になったのはやっぱり、当時を知るよすがになりますし、人の心をつかむとはどういうことか知るよすがにもなると思います。著者自らの経験やそこから得た知識が息づいているのが本ではないでしょうか。昔は木版刷り、今なら差し詰めnoteだとは思います。
今度の大河はいわば木版刷りの世界でのたたかいを描くような筋書きが予想できます。現代に舞台を移せば想像に難くないでしょうか。現代の蔦屋重三郎を目指す人々も少なくないという感じはします。販路開拓を目指すのか、コンテンツの充実を目指すのか?明治期の人々の方が、実体験に基づく情報内容に重きを置いていたように見えますね。
2024/08/11 ここまで