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刑務官とは”何者”で、刑務所とは”どのような組織”なのか

今回の書籍はこちら
The Prison Officer 
Alison Liebling, David Price and Guy Shefer, 2011

日本の刑務所(刑務官)研究、かつ質的な調査研究モノはとても少ない。
そのことは、私たちが具体的に「刑務官」「刑務所」を理解することを難しくしています。どこの国でもいい。日本のそれらを知るために、諸外国で質的に研究したものは何のだろうか・・・
そう思って調べていくと、実は欧米圏でも「刑務所・刑務官研究が十分ではない」という問題意識があり、その問題意識に果敢に挑む研究があることがわかってきました。(もちろん、日本に比べれば「多いよ」と感じる程度ではありますが)

今回読んだ書籍は、イギリスの刑務所・刑務官研究を包括的に取り扱ったもので、これを読めば、イギリスにおける刑務所運営や刑務官組織の全体像を、ガッツリ掴むことができる、といった内容になっています。初学者には、このくらい内容が充実していると嬉しい限りです。

章立ても、イントロダクションに始まり、刑務官の採用状況・実態(統計的な説明)、刑務官の役割や複雑な機能(ストレス問題等)、刑務官と受刑者の関係性(刑務官のうち制服組と非制服組=民間との関連を含む)、刑務官の「裁量」、仲間文化、官僚制と組織・・・など、かなり多岐に渡り深掘りされた内容になっています。

興味を持ったのは、この三点

インタビューなどの質的なデータも使われているので、実際の場面を想像しやすいのが、この手の研究ですよね。私が特に興味を持ったのは「刑務官と受刑者関係(第5章)」「刑務官の裁量(第6章)」「刑務官文化と仲間関係(第7章)」あたりです。

それは、
明らかな権力的な両者の関係性の中で「尊厳」がどう保たれたきたのか(保とうとする努力がなされてきたのか)
刑務官に付与された公的なルールと(裁量として任された)非公式なルールをどう使い分けてきたのか
静かな受刑者との攻防で「自分を保つ」ための同僚性がどう機能してきたのか
という問題関心です。

権力的な両者の関係での(互いの)「尊厳」を保つには

刑務所での<刑務官ー受刑者>関係は、特殊な権力に基づくものとして理解できます。近年、北欧を中心とする刑務所における人権意識の高まりを受けて、日本の刑務所でも受刑者の人権や尊厳に関する議論が進んでいます。
その影響で、北欧のリフレクティングやオープンダイアローグに着目する研究者や実務家が、日本の刑務所でも「両者の対等性」「対話的関係」の実現に向けた取り組みをすべき・・・という議論を展開しています。

とはいえ、それがそうも簡単にいかないのは、
そもそも両者は<管理する人ー管理される人>、<処遇する人ー処遇される人>・・・といった二項対立的な関係に位置付けられているからです。
特に、刑務官は法に基づき(受刑者に対する)「懲罰」を行える立場にあります。この点があるからこそ、簡単に「対等性」、その関係に基づく「対話」とは言い難いわけです。

これは、学校でも同じことが言えます。
教師と児童生徒の関係にも、両者の開かれた関係に「対等性」という言葉を使いたくなってしまいますが、児童生徒の進路を決定づける評価権と懲罰権(いずれも法的に規定されている)を教師が有している以上、両者の関係には「権力的な何かがある」と捉える方が自然です。
極端に言えば、そこを(とりわけ教師の側から)声高に「対等性」を主張するのは、相手にプレッシャーをかけながら「私たちの関係は対等だよね!そうだよね!」と迫ることと同じになってしまう、そんなリスクがあるわけです。

だからこそ「権力的な何かなんてないんですよ〜」というのではなく、権力的なものが発生していることを前提として(その影響を考慮して)、<刑務官ー受刑者>関係を考察しなければならない。

では、この書籍が説明するイギリスの刑務所ではどうなのか。
何が「正しい(あるべき)関係性」なのか、正しい関係を維持するために重視されているものはなんなのか。

書籍では刑務所の種類や環境によるとしながらも、
高水準の尊敬・リラクゼーション・ユーモアによって特徴づけられるとしています(p.85)。刑務所では同時に「保安」(セキュリティ)の問題があるのですが、北風と太陽のように「力で管理して高度なセキュリティを達成する」のではなく、刑務官と受刑者の風通しの良い人間関係が維持されることで達成される「信頼に基づく保安(セキュリティ)」が望ましい・・・ということのようです。
正しい関係性も、刑務所内の安全や秩序維持、正当性や社会正義の達成に寄与すると指摘されています(p.119)。


これはダイナミック・セキュリティの考え方にも近いと思いますが、
ある小規模のユニットでの研究からは、職員やマネジメント・チームの継続性・個別担任制が、正しい関係を確保・維持する鍵になると指摘しています(p.90)。


刑務官に付与された公的なルールと(裁量として任された)非公式なルールをどう使い分けてきたのか

刑務官と受刑者の間の関係性における「裁量」の持つ役割に着目した点が優れていると感じます。両者の関係はフォーマルな構造だけではなく、インフォーマルな構造によってコントロールされる部分が多々あり、そこには戦術的な合意形成や非公式な合意(取り決め)が介在するようです。

それを刑務官の権力的な基盤という点から整理しています。
Hepburn(1985)によると、刑務所における権力基盤は継ぐの6つに分けられるそうです。

①強制力 
②報酬権力
③正当な権力
④交換権力
⑤専門家としての権力
⑥個人的な権力(権威)

この6つのカテゴリーは、是非とも日本の刑務所処遇で例示を試みたいところですが、権力についてもう少し複雑・複層的に考えるべきなのかもしれません。

時代や状況ごとに権力構造は変わるわけですが、上下の(強制的な)権力関係・・・・と見えても、両者の関係には「潤滑油」も必要。。。これがある意味では「静かな(静的な)権力」として機能する部分もあると。
刑務官自身も「国家権力に行動を制限される」側である以上、一方的に「管理する側」でもなく、実のところ「管理される側」でもあるのですよね。

もしかしたら、お互いに「管理するもの/されるもの」かもしれない両者の関係において、「裁量」とは規則に対する解釈多様性(可能性)を反映したものであるのだろうし、その境界(裁量の範囲/範囲外)を正しく見分ける能力を持つことも、刑務官の専門性なのかもしれません。

実務家雑誌の『刑政』には、職員が投稿を寄せるコーナーがあります。現場の声・・・的なコンセプトの、それらエッセイを眺めてみると、
(日本でも)刑務官に一定の裁量が認められているの?その「裁量」を活用して信頼関係を築いたり、心情把握を深めている・・・等々の、刑務官の叡智と思われるものを散見することができます。ある種の駆け引きのようなものかもしれません。受刑者の手記なども見てみると、両者の関係は「だまし騙され」という側面での駆け引きというよりは、違いが信頼に足る人間なのかを見極めるために、双方がお互いを探っている・・・というような。そうした緊迫したものを感じるわけです。

権力に自覚的に、とはいえ「権力によって管理される側の心情」に寄り添い、受容し・・・。そして自発的な変容を期待するというのは、教育的ではありますが、そこまで介入的(改善主義的)ともいえないような、極めて高度なバランス感覚の上にあるようです。


静かな受刑者との攻防で「自分を保つ」ための同僚性がどう機能してきたのか


これに関しては、サイクスの『囚人社会』の「受刑者コード」を参考として、
刑務官の文化を「刑務官コード」から明らかにしようとした点が、とにかく興味深いです。
そもそも、刑務所の文化を捉えるときに、(一般の)刑務官文化、中間管理職文化、上級管理職文化・・・といった構造で捉えることが重要であるが、一つ目はともかくとして、二つ目・三つ目はほとんど研究されていない・・・という危機感から始まります(p.154)

そして、刑務官文化を理解するための手がかりとして、同じ保安職である「警察」との比較も試みています。共通点として見出せそうなのは(厳しい職務をサバイバルするため/平和な一日を継続するため)、仲間同士の支え合い文化を重視するという点です。

そこで刑務官コードなるものが登場するわけですが、こちらは文化的な違いを考慮しなければならないな・・・というところですが、非常に、非常に参考になりました。

例えば、刑務所コードとして以下の9つが紹介されています。

規範1:窮地に陥った仲間は必ず助けに行く
規範2:薬物を持ち込まない(刑務官自身もね)
規範3:裏切らない
規範4:収容者の前で同僚を悪者にはしない
規範5:収容者とのトラブルでは同僚の味方をする(助ける)
規範6:収容者に対する制裁を支持する
規範7:ホワイトハットにならない(ホワイトハット=過剰に受刑者寄りになってしまう刑務官のこと)
規範8:全ての外部(刑務所の外の関係・集団)に対して職員の連帯を優先する(家族にも職務については話さないなど)
規範9:同僚に積極的な配慮を示す

これだけみると、職員が過剰に連帯性を強め、受刑者に敵対的(=同僚とは馴れ合う)に見えますが、この書籍で例示されている場面を読むと、
同僚性を機能させるための(やむをえない)措置・・・という解釈ができます。
そこまでして同僚性を重視するのも、国内外問わず問題となる「受刑者に籠絡されるリスク」への対処であったりするわけです。

刑務官にとって籠絡のリスクが、自分自身だけではなく、(状況によっては)家族や親族、知人らを危険に晒してしまう可能性を含むという点で、
極めて慎重に対処しなければならないことの一つです。
とはいえ、経験を重ねた熟練の刑務官はともかくとして、
大卒1年目などの若手にとっては、対処の難しい場面の一つです。
(刑務官は18歳から受験可能ですから、18歳が世の中のすいも甘いも経験した熟練の犯罪者の前に立つ・・・と考えれば、その難しさが想像できます)

そうした困難性の一方で、「失敗して取り込まれてしまうこと」は絶対に避けねばなりません。一度の失敗が、刑務所全体を混乱させ、危機に晒してしまうこともあるからです。そして、それは「個人の意識」「個人の努力」だけでは対処が難しく、だからこそ、職員同士のネットワークをいかに強固にしていくのかが課題となるのでしょう。

なかなかに奥深い刑務官の世界。
今回の書籍は、基本的な情報や研究成果を整理し、具体的な事例とともに紹介をしているという点で、入門書としても十分な価値があると感じました。


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