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朝霧高原で出版社やってます(旧「地方で出版社をつくる」)

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東京から朝霧高原に移住して、出版社も書店も未経験ながら出版社というものを試行錯誤しながらやっているお話し。
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【朝霧高原で出版社やってます】流行りのローカルではないローカルで本を売る

先週末、上京して地下鉄の駅で無料配布している『メトロミニッツ』を手にしたら、リニューアルして『メトロミニッツローカリズム』なんていう名前になっていた。リニューアルは2年前らしいが、都会では「ローカル」が日々こんなふうに物語化されている。びっくりしたのは編集長による巻頭コラム。10人中10人を振り向かせる時代は終わった、どうしたら1人に「すごく」気に入ってもらえるか、と。でも、大量部数を刷って大人数が乗り降りする地下鉄駅で配布する形は変ってない。そして、その物語は全て「商品」に

【朝霧高原で出版社やってます】メディアに書評が載りはじめる

これまで「地方で出版社をつくる」というタイトルでポツポツと書いてましたが、今回から「朝霧高原で出版社やってます」に変えて、日々の活動などについて書いていきたいと思います。 5月に刊行した『放浪の唄 ある人生記録』(高木護著)。 6/27付で高木護さんの故郷・熊本日日新聞で紹介していただいたのに続いて、7月23日には福岡の西日本新聞にも書評が掲載され。評者の作家・前山光則さんがとても心に残る評を書いてくださっている。「今だからこそ、ちゃんと評価すべき人である」と。これだけで

地方で出版社をつくる【其の七】新刊を出す

其の六で書いた復刊の本がようやく5月末に刊行(予定)できることになった。題名は『放浪の唄ーある人生記録』。最後の放浪詩人と言われている「高木護」の名を世に知らしめた、1965年に刊行された名編の復刊。(本の詳細は下記のリンク先をぜひぜひどうぞ) 刊行までに1年近くもかかってしまった。これは虹ブックスのオープンと運営(その話は「地方で出版社をつくる【番外編】山のなかに読書室をつくる」を参照)があったのはもちろんなのだが、一からの本づくりはやはり時間がかかる。例えば判型。当初は

地方で出版社をつくる【番外編】山のなかに読書室をつくる

昨年7月に「山の読書室/虹ブックス」という私設図書室+コワーキングスペースを夫婦で始めた。冬に入り、朝霧高原はあまりにも寒いので(だから夏は最高)、予約営業(事前に連絡くれたら開ける=暖房代の節約)にしていたところ、最近になってようやく暖かくなってきたので、この4月から通常営業を再開した。 そもそもこの場所は、いま流行り?の「本をコミニュケーションツールにした交流の場づくり」とかを全くメインにしてはいなくて(それはあくまで結果だというのがここ数年に地方暮らしをしてきた自分な

地方で出版社をつくる【其の六】復刊書籍の許諾を取る

日本における著作権の保護期間は、著作者の死後70年と著作権法で定められている(2018年12月以前は50年間だったが改「悪」されてしまった)。だから、基本的に死後70年が経過している著作物ならば誰でも自由に復刊することが可能だ(逆に言えば70年も経たないと自由に復刊できないわけだが)。2018年に刊行した虹霓社初の出版物『杉並区長日記ー地方自治の先駆者・新居格』は著者の新居格が没後67年と(法改正前の)50年以上が経過していたため復刊が可能だった(とはいえ、元版の出版社には報

地方で出版社をつくる【其の五】版元ドットコムのこと

久しぶりの更新になってしまった。さて今回は版元ドットコムのお話。 小さな出版社を始める人は、そもそも出版社など本に関わる仕事の経験があるケースが多いと思う。書店営業や流通の仕組みなど独特のルールはその世界にいないとなかなか理解が難しい。私自身、本や冊子自体の制作経験は少しばかりあったものの、出版社の営業経験もなければ、書店で働いた経験もないゆえ、そもそも基本的な仕組がわかっていなかった。「なかった」というか、未だにわからないことが多い(そういう意味からも『本屋読本』はとても勉

地方で出版社をつくる【其の四】書店営業のこと

今回は書店営業のことを書いてみたい。前回書いたように、書店に置いてもらうからには、きちんと書店に営業せねばならない。(書店営業以外も含めて)かなり頑張らねば、こんな小さな版元が出す少部数の本なぞ、そう簡単に書店に置いてもらえるわけがないのである。 本の刊行が決まったら、各書店から注文をもらうために「注文書」というものを版元が作る必要がある。見たことある方も多いと思う。わたしは取次から参考例を見せていただき、それをもとに、他社さんのも参考にしたりして作成した。 こんな感じのも

地方で出版社をつくる【其の三】取次会社のこと

ここ朝霧高原(富士宮市)での田舎暮らしの満足度はかなり高い。だけれど、数少ない不満点は書店が身近にないことだ。特に個性的な書店。本ならばいつでもネットで買えばいい、都会から移住した当初はそう思っていた。が、身近に書店がなくなってから、本との出会いはほとんど書店の棚だったんだと初めて気づいた。 そのこともあり、本を出したら書店に置いてもらいたいと思った。今なら全国各地にある個性的な書店と直接交渉して委託販売で扱ってもらうという方法ももちろんある。が、わたしは取次会社と契約する

地方で出版社をつくる【其の二】

(この記事は静岡のフリーランスグループえでぃしずのコラムサイト(2019年10月17日付)からの転載です) 前回、売れるかどうかは別にして、とにかく出版社はできると書いた。が、個人が作った本は何冊くらい売れるのだろうか。そんな話を今回は書いてみたい。 虹霓社で刊行した初めての書籍『杉並区長日記−地方自治の先駆者・新居格』は1000部刷った。いま我が家には500冊程度の在庫がある。取次会社や書店の在庫が返品となってくる可能性はあるものの、少なくとも現時点では約500冊が我が

地方で出版社をつくる【其の一】

(この記事は静岡のフリーランスグループえでぃしずのコラムサイト(2019年7月20日付)からの転載です) ここ朝霧高原(富士宮市)に移住して三年目の夏。最近は日本一標高の高い極小出版社と名乗って活動している。クレームはまだない。本当に一番高いのか、単に気づかれていないだけなのかはわからない。 当初、出版社と名乗るのは気が引けた。これまで長らく出版社にいたこともなければ、毎年本をたくさん出せるわけでも何千部すら印刷する予算もなく、出版以外のこと、例えばDVDを作ったりTシャ