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15 殺戮のBB

 先程からうまく言いくるめられてばかりで、のらりくらりと交わされてばかりいるので、意趣返しをしてやりたくなったのだ。
「ねぇ、先生? あたし口でしてやろうか?」
「僕は診察室ではそういうことはしません。してもらうつもりもないから」
 そう言ってビアンカの手を離した。ビアンカはぺろりと舌を出して、わざと身を乗り出して胸を強調して見せつけた。
「じゃ、どこならするの? 診察台の上?」
「診察台は診察して処置するための場所。ボネットさんを抱いたりはしないよ」
 大抵の男になら、こうするだけで好色そうな笑みが返って来るのだが、溜め息混じりに疲れたように言われては、妙な征服欲が沸く。抱きたいと言わせてやりたいし、その気にさせてやりたかった。
「なんで? 一回くらいならやらせてやってもいいんだぜ?」
「いらないってば」
 何度迫っても断られると、やはり逆に迫ってやりたくなる。椅子ごと茜の体の向きを自分に向けさせ、膝の上にまたがって座り、茜の両頬を手で包み込んだ。
「ちょっと、降りてよ。僕はボネットさんとはセックスはしません」
「そんなにあたし、魅力ない? それとも先生、男が好きなの?」
 徐々に顔を近づける。茜はビアンカの手首を掴んだが、この体制だと無理に放せばビアンカが後ろ向きに倒れることを知っているので、引き離すことができない。
「ボネットさんは魅力的だよ。それに僕は女性が好き。でも患者を診察室では抱っ!」
 強引に唇を重ねて舌をねじ込む。だが茜は体を反らして一度は唇を離した。
「だから! いいかげんっ!」
 そこをまた強引に唇を重ねて舌先を挿入すると、諦めたように脱力し、ビアンカのキスに応えて舌を絡め合わせてきた。
 口腔を舐め上げて唇を軽く吸う。下手なのかと思われたが、意外にキスは慣れているようで、官能を誘うようなキスをする。
「……なんだ、結構手馴れているじゃん」
「僕をいくつだと思っているの?」
 もう一度キスをしようとすると、今度は直接手の平でふさがれた。
「もうおしまい。いいから椅子に座って」
 ビアンカは茜の手を外し、ニヤリと笑った。
「座ってる」
「それは僕の膝の上! おりなさい!」
「やだ」
「やだじゃないの。そっちの椅子に座りなさい」
「えー?」
「えーじゃない!」
 茜の反応が妙に面白くなってきて、ビアンカは何が何でもその気にさせてやろうとしたとき、後ろから咳払いが聞こえた。
「取り込み中で悪いんだが、ちょっといいか?」
「要さん!」
「!?」
 ビアンカはその名に反応して振り返ると、ブルーの開襟シャツに黒のジャケットを羽織った、金髪の男が立っていた。
 髪はやや長髪で肩につくか、つかないかくらいの長さ。グレーに近い薄い青の瞳は細められ、口元にはニヤニヤとした薄笑いを浮かべている。
 ピアスや指輪などの装身具も、それなりに値が張るだろうと思わせるだけのものを身につけていた。
 一見すると優男。
 男娼のように見えなくもないし、ただ軽いだけのチンピラのようにも見える。
 だがジャケット向こうが不自然に膨らんでいるので、銃は常に身につけているのだろうと思われた。
「睡蓮華で爆破に巻き込まれて、怪我した奴が運び込まれてこなかった?」
「ここにいるよ」
 茜は溜め息混じりに言って、ビアンカをそっと押しやった。
 ビアンカはすっかり気が逸れ、また逆に本物のハウンドの頂点に立つ男に意識を傾けていたため、すんなりと茜の膝からおりて沢本を見上げた。
 また沢本もビアンカに視線を向けた。
「なんだよ、男じゃなかったのかよ? 客って話だったが……睡蓮華はレズの客にも、いやその様子だとどっちでもいいのか」
 そう言ってまたニヤリと笑った。
「あたしは女相手に欲情しない。あんたがハウンドの沢本要?」
「そうだ。おまえは?」
「ビアンカ・ボネット」
 そう言うと少々考え込むような仕草を見せて、それからビアンカに近付き、顔を近づけてじっと見る。
「おまえ、BBか?」
「そうだ。ハウンドのトップがあたしらを知っているとは光栄だね」
「特には知らねぇよ。名前くらいしか聞いた事はない。結構腕が立つって話だな」
 そう言って沢本はビアンカの横を通り過ぎ、勝手に珈琲を入れ始めた。それを茜は咎めることすらしないということは、やはりこの二人は旧知の仲なのだろう。
「睡蓮華に爆発物持ってきた奴を見たな? どんな奴だった?」
 沢本はマグカップにインスタント珈琲の粉を入れて、ポットのお湯を注ぐ。スプーンでかき混ぜながら、ビアンカに視線を向けた。
「薬キメすぎてイッってるような顔。それ以外ろくに覚えてない。肉片でよければまだ壁や天井に張り付いてるんじゃねぇの?」
 ビアンカがそう言うと、沢本は溜め息を漏らしつつ、茜の机に腰をかけた。
「やはりそうか」
 苦い溜め息をつき珈琲を啜る。意外に熱かったのかわずかに眉を寄せた。
「要さん、やはりって……」
 沢本の言葉に反応して、茜は背後にいる沢本を見た。そして沢本は一度茜に視線を送ったあと、ビアンカを見た。
「俺の店で勝手に自爆した奴も、そうだった。箱を抱えてきて、完全に薬で頭がキマってる表情を浮かべ、ふらふらと店に入ってきた奴だという証言がある。その他、十日前のタイラーの店での爆発もそれだ。さらに関係あるかどうかまだ調べはついてないが、フォーストリートのフラットも爆破されている」
「それ、あたしの部屋の隣だよ。おかげであたしの部屋も滅茶苦茶だ。睡蓮華にはバートから金を借りに行った帰りだったんだよ」
 そう言うと、沢本は表情を変えた。予想外に被害者がいたため、驚いたのだろう。
「その隣の奴は何をしている奴だ?」
「通称ボマー。爆弾屋。アイツは勝手に自爆したんだろ」
 沢本は珈琲を一口飲んでから、口を開いた。
「そいつ、ジャンキーじゃなかったか?」
「あぁ、よく薬は……」
 そこまで言って、共通点があることに気付いた。
 そう、薬と爆発物。
 ビアンカが顔色を変えたことで、それを肯定と受け取った沢本は、溜め息をついた。
「やはりな。この一件には薬が関わっているな」
「それじゃ、誰かが意図的に薬物中毒者に薬を与え、おかしくなった相手に爆発物を持たせているってこと?」
 茜がそう言うと沢本は頷いた。
「多分そうだろう。そしてそいつらは最近デッドシティにやってきた連中だろう。何を考えているのかはわからんが、多分デッドシティの現在の調律を崩し、新しく根を張ろうとしている連中だ。俺の店、睡蓮華、タイラーの店、どれもデッドシティじゃそれなりの顔だ。そのボマーって奴のことはわからないが、うちの連中に探らせる」
 沢本は苦りきった顔で珈琲を飲んだ。

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