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27 殺戮のBB

 沢本が出て行った後、バートは店員を呼びとめ自分もビールと軽食の注文をした。ビアンカはポケットの封筒から三万円を取り出して、テーブルに叩きつけるように置いた。
「ビア約そ……」
 不服を遮り、ビアンカはバートを睨み付けた。そこに紛れもない怒りを感じ取り、長髪の神父は口を噤んだ。
「いいか! 昨夜はまずあたしのフラットが吹っ飛ばされてた。そしててめぇが気持ちよくなっていた頃、あたしは爆発に巻き込まれてこのざまだ。バートがイク頃には、あたしは頭から血を出して逝きかけてた。目が覚めて、ここへ来る途中には道の真ん中で沢本にひん剥かれ、あげく仕事はロハだと? ふざけんじゃねぇよ。てめぇがノーギャラでボランティアするのは、構わないが。なんであたしのギャラまで賭けにされているだ? あぁ? なんだ、それは? それに結局昨日は病院に泊まった。金は使わなかった。だから借りた分だけ返す」
 そう言ってビアンカは札から手を放し、またパスタを口に運ぶ。バートは反論したかったのだろうが、なにぶん最初から吹っかけた貸しだったうえ、ノーギャラになったことはバートが悪い。反論は諦めて財布にその三万を戻した。
「で?」
 パスタを飲み込んだ後に一睨みすると、バートが不思議そうな顔でビアンカを見返した。
「なんですか?」
「なんでそういう流れになったんだよ?」
 そう言うと、バートは口ごもりローマンカラーのポケットから、煙草を取り出して一本を咥え火を灯す。辛抱強く口を開くのを待っていると、先に出てきたのは溜め息交じりの紫煙だった。
「突然見知らぬ野郎に仕事の話だと言われたので、当分仕事はしないと言いました。そうしたら、目の前に座ってギャラは一人二百万。おまえら合わせて四百万だと。そんな安い金で仕事はしないと言ったら、じゃぁ、カードで買ったら一人四百万。あわせて八百万出すと」
「なるほど。馬鹿な口車に乗ったものだな。あいつがハウンドの沢本だって知っていて言ったのか?」
「え、あの人が?」
 きょとんとしたバートの表情を見て、ビアンカは改めて溜め息を漏らした。確かに昨日の夕方まではビアンカも沢本の名は知っていたが、顔を見たことはなかった。同じくバートも見たことはなかったようだ。今日が初対面だというのに、それを追求しなかったバートもバートだ。どうせ野郎の名前など聞く価値もないと、聞きもしなかったのだろう。そんな態度を取られた沢本も、わざと名乗らずカードで勝負を挑んだ。自分が勝つことを計算に入れて。
 つまり、嵌められたというわけだ。
「昨日と今日で、あたしは随分濃い連中とばかり顔を合わせている気がするよ」
 疲れた気配をため息の乗せて吐き出すと、残りわずかなパスタを口の中に放り込む。そんなビアンカの肩を親しげに叩く手があった。
「ハァイ、奇遇ねぇ、ビアンカ・ボネット。あたしもよ、五百万の賞金首」
 振り返った瞬間に見えた、覚えていたくなかった顔にビアンカは目を丸くして喉を詰まらせた。
「ぐふっ!」
 まるで親しい友人に向けるような笑顔で、勝手に隣の空いていた椅子に座ったのは、ショートカットの女性だ。黒のショートパンツから伸びる脚はすらりと伸び、上はオレンジ色のホルターネックのキャミソール。高いヒールのミュールに、両脇に提げたホルスターから覗く拳銃は、不似合いなほどの大口径。
「おま、おまえっ!」
 ビアンカが思わず腰を浮かせたが、健康的な笑顔を浮かべた女は、顔の前で手を振った。
「あぁ、心配しないで。あたし、デッドシティでは仕事をしないという契約しているから。例外を除いて」
「三嶋……」
「あら、ミキちゃんと呼んでいいのよ? 美樹子でもいいけど」
 そう言って笑顔を浮かべたのは、バウンティーハンター、賞金稼ぎを生業とする女だ。
 本名か偽名かは知らないが、三嶋美樹子と名乗るこの女賞金稼ぎは、賞金をかけられる程の重犯罪者には警察よりも軍人よりも怖い存在だ。
 つまり超一流。
 手段を選ばないばかりか、とんでもなく強い。あらゆる武器・格闘に精通していて、目をつけられたら死に物狂いで逃げなければならない。
「ほらほら座って。そっちの賞金一千万が驚いているわよ?」
 視線を受けたバートも目を丸くする。
「おや、私のほうが高額のようですね」
 内心の動揺を隠し、バートが穏やかに微笑んで答えると、三嶋もにっこりと微笑みを返した。
「そりゃそうよ、リンクレンツでのカトリック本部の関係者皆殺しだもの。でも安心して。本当にあたし、今のところあんたたちは獲物じゃないから」
「その台詞のどこに安心しろと言うんだよ?」
 しぶしぶ腰を下ろすが、それでも気が抜けない。本格的に狙われたことはないが、一緒の仕事だった相手が狙われた。結果、巻き添えを食らい、ビアンカも死に物狂いで逃げ出した記憶がある。もしも捕まれば、ついでに賞金ゲット! と気軽に捕まえられ、運が良ければ今頃刑務所、悪ければ墓石の下だ。
「あたし、今狙っているやつがデッドシティに逃げ込んだのよねー。あたしがデッドシティで仕事をしないって話を半端に聞いたみたいで。あたしは確かに仕事をしないけれど、獲物が逃げ込んだ場合だけ例外としてここでも狙うのよ。要君にはそれでいつも怒られるんだけど」
「沢本要!」
 今まさにビアンカとバートには禁句だ。それについ先程出て行ったばかりだというのに、またその名前が出てきた。
 それもバウンティーハンターの口から!

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