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24 殺戮のBB

 デッドシティの街の作りはとても単純だ。砂漠の荒野を面した場所からワンストリートで始まり、奥へと進むごとにツー、スリー、と数を重ね、テンストリートまであり、その向こうは隣町であるラキアとなる。かつて日本と呼ばれたこの国だが、移民の大量の入国により、言語が入り乱れ、その名残として英語や日本語、ロシア語、中国語など、その地区で違っている。
 ミサイル攻撃を受けなかった地方都市の人間はやはり日本語の名残を多くのこしているため、現在も共通言語は日本語、現在ではリンクレンツ共用語と呼ばれているが、移民の多くが流れ着いた被爆地は英名などが名残として残っている。
 ビアンカの名前は誰が付けたのか定かではない。下の名前はビアンカが生まれ育ったスラムの子供たち全員がボネットを名乗った。
 その仲間たちはもう誰一人と生きてはいないけれど。
 その雑多な人混みに紛れてナインストリートの奥へと進むと、屋台や出店から様々な露店が店を並べていた。この辺りはバザールと呼ばれ、比較的新鮮な野菜などを売っている。隣町のラキアからやってきた商人が、比較的治安のいいこのナインストリートで商いをしているのだ。この先のテンストリートはデッドシティでも裕福層の住民が住んでいる他、病院や警察などの役所も揃っている。揃ってはいるが、警察はデッドシティでの取り締まりは殆んどしていない。何せどれ程取り締まっても犯罪は毎日、何度でも起こる。全ての事件を取り扱っていたら、早々に過労死するだろう。更に言うとこの街の警察は、警察組織内でも余程の失態を犯して左遷されたおちこぼればかりだ。ついでにいうと、署長を筆頭として必ずどこかの組織と癒着している。
 これは茜が言っていたように、警察が機能していないと言い換えてもおかしくはないし、警察よりも余程ハウンドの方が規律は行き届いているのだろう。
 朝食は寝ていたおかげで取り損ねたし、昼食もまだなこの時間、朝から茜が入れてくれた珈琲しか口にしていないビアンカは空腹を覚えていた。結局バートから借りた三万円は手付かずで残っていたが、あの腹黒が使わなかったからといって三万を返して納得するとも思えない。
 だが何とか納得させようと思いつつ、その方法を思案していると、バザールの間に小さな建物の入り口を見つけた。
 ビアンカはバザールに買い物に来た客を押しのけて、そのドアの前に辿り着いた。
 その建物は非常に小さく、また狭い。よくここまで縦長の細い建造物を建てられたものだなと、感心する程の狭さだ。
 ビアンカはドアを開けた。
「いらっしゃい」
 中は外見から想像したように狭い。人が二人横に並べば満員となるスペースしかない。その向こうには鉄格子がはまり、あげく透明の防弾素材がはまったパネルで外部から遮断されている。そして申し訳程度にカウンターがある。
 その向こうには老婆が一人、茶を啜っていた。
 これは妖怪か? と思わず学者に訊いてしまいたくなるような小さな老婆は、背を丸めたまま顔をあげてビアンカを見ると、にやりと笑った。歯が欠けていて、ボロボロだった。
「ばあさん、預けている金を出してくれ。とりあえず……」
 バートに負ければ九万円を支払わなければならない。そうなれば、十万下ろしたところで、残りは一万。他例の三万をあわせて四万。しかし住居がすぐに見つかればいいが、見つからない場合は安宿暮らし。当面の金は必要だった。
「三十万下ろしてくれ」
「はいよ」
 そう言うと老婆は立ち上がり、奥の扉へと向った。
 マネーゲートといえば、この店のこと指す。いわば銀行の役目を果たす。預かる金額の上限はあり、一千万以上の金額は預からないが、その金がどんな金であっても預かってくれる。
 そう、マネーロンダリングの片棒を担ぐことくらい朝飯前だ。当然、他の犯罪に関していても引き受ける。更に言うと、デッドシティには銀行が存在しない。そのため、銀行に金を預ける場合は、最低でも隣町だが、さすがに悪名高いデッドシティの住民の場合、口座を開くことから拒否される。そのため、更に離れた都市に行かなければならない。
 必然的にこの町の住民はここを利用する。
 しかしこのマネーゲートには現金があるとわかっていて手を出さないのは、ここもハウンドの息がかかっているのと、この老婆の病的な程の警戒心のためだ。万が一老婆に銃口を向けて一発撃ち込めば、音に反応して防犯装置が働き、背後のシャッターが下りて開かない。解除は老婆しかできない場所にある。挙句、この頑丈な鉄格子を破る道具を持ち込まないと、中へは入れない。嘘か本当かは知らないが、致死性の高い有毒ガスが充満する仕組みらしい。
 試してみるかい? と言って笑われたことがあったが、それで死んだらこの金の墓場でばあさんと無理心中だ。
 そしてそのくらい用心深くないと、こんな商売は続けられないだろう。
 しばらくして老婆が戻ってきた。その手にはトレイがあり、その上に現金がある。
「最近儲けているようじゃなか? えぇ? BB」
「これが儲けた姿に見えるか?」
 腕の気怪我は上にきたサファリシャツに隠れて見えないし、足は老婆の位置からは確認できない。だが少なくとも頭には包帯が巻かれているのは見えているはずだ。
「ハートランドでひと暴れしたんだろう? もう入金されているよ、三百万」
「それでもわりに合わねぇ仕事だったさ。ハートランドのハルクファミリーの末端組織の皆殺しだったが、三十二人の予定が四十三人に増えていた。挙句逃げ出した奴らを一人一人いぶり出して、ぶち殺したわけだが、とんだ手間が加算。あぁ、もうハートランドからの帰りの出来事も思い出したくねぇよ」
 うんざりした様子でそう言うと、老婆はからかうように笑い、ビアンカの前で金を数えた。
「ほれ、切りよく三十万。一割頂いて、二十七万。文句はないね?」
「畜生、相変わらず守銭奴だな」
「当然だね。こちとら命がけでおまえさんたちの金を預かっているんだから、このくらいは頂くよ」
 マネーゲートの仕組みは、金は上限一千万まで預かる。その間の利息は取らない。だが下ろすときに、下ろした金額の一割を引かれる。ぼろ儲けな商売だが、その分確かに命のリスクは高い。
「ほら、受け取りな」
 そう言って老婆は足元のボックスに封筒に入れた現金を入れた。ビアンカはしゃがんでボックスを引き、転がり出た現金を掴む。
「毎度あり。いつでも金を下ろしにおいで」
「ケッ!」
 舌打ちをもろともせず、老婆は歯が欠けた笑みを見せた。ビアンカはポケットに現金をねじ込み、マネーゲートを出た。
 沢本に部屋を斡旋してもらえば、仲介料をよこせという。それに腹を立てて自力で探すとなると、結構難しい。フォーストリートよりも向こう側は、別の意味で治安が悪い。ディザートチャイルドたちは主にワンストリートからツーストリートにいるが、ある程度はスリーストリートにもいる。奴らは殺して奪う、盗む方法で生きているわけだから、向こうに近付くほどに空き巣を想定しなければならない。例え現金や金目のものを置いておかなくても、ガラスを割って部屋に侵入し、ベッドを手分けして運び出すくらいはする。
 当然ギリギリの境界線はフォーストリートだ。だがそれより向こうは家賃が高い。ファイブストリート、シックスストリートまで来ると、どんどん家賃が上乗せになってくる。
「くそ、三百万なんてあっという間になくなるぞ」
 はやり仲介料を払ってでも沢本に頼るか考え、それはそれで頭に来ると思った。
 しかし使える物はなんでも使えという気持ちもある。
「だー、ムカつく!」
 苛立ちを隠そうともせず、ビアンカは沢本とバートがいるラムダークへと向った。

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