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54 殺戮のBB

 このナイフ一本で幾度も修羅場を潜り抜けた。今度もまた潜り抜けてやると思いつつ身をかがめる。
「無視されては困りますね!」
 同じように駆けてきたバートが発砲する。バートが放つ銃弾から逃れようと、踵を返すがビアンカは狙いを定めた肉食獣のように迫っていた。
「まずはさっきの礼だ!」
 背を向けた男の大腿部にナイフを突き刺した。
「うあっ!」
 しかしビアンカに再び銃口を向けようとする。だがナイフから手を放していたビアンカは、両手で男の手を掴んだ。
 力んだ指がトリガーを引き、空に向かって銃弾を放つ。だが近付いてきたバートはナイフが刺さっていない側の足に銃弾を撃ち込み、その衝撃で男は地面に倒れた。
 男の手から銃をもぎ取り、ビアンカが両手で構える。至近距離で銃を構えれば、いくらビアンカでも外さない。
「ひ、や、やめろ!」
「よぉ、会いたかったぜ? あたしはおまえに親切に忠告してやったじゃないか? えぇ?」
 真正面から顔を見て、やはり道明寺の店で商売をはじめようとして返り討ちに合った二人だと再確認する。
 この男はビアンカがフォークを突き刺した男だった。
「やめろ、撃つな! 薬ならやる! 全部やるから!」
「頭の悪い野郎だぜ。あたしは言っただろ? ドラックじゃ腹が膨れねぇんだよ」
 そう言って足にもう一発撃ちこんだ。
「ぎゃぁっ!」
「先ほどはどうも。これは私からのお礼です」
 そう言ってバートもまた男の腕に一発撃ちこんだ。男の四肢が血に染まって行く。それをうっすらと笑いながら見下ろした。
「か、金ならどうだ? 金をやるから!」
「今払うなら見逃してやってもいいぜ。一千万出しな」
「私の分も一千万払っていただきましょうか? 私もその条件なら見逃してもいいですよ。今すぐ現金で払うならね」
 バートはそう言って空になったマガジンを引き抜き、新しいマガジンをセットする。男は泣きながら首を振った。
「い、今すぐは無理だ……わかるだろ? あとから必ず払うから」
「どうするバート?」
 ニヤニヤと笑いながら、バートを見るとバートは首を傾げて微笑んだ。不意に片手で自分の髪を掴んでふっと溜め息をつく。
「理由があって伸ばしていたんですがねぇ? あなたのせいで一度切らないといけないようです」
「よかったじゃねぇか、すっきりするぜ」
「一概に、髪に思い入れが多いのが女性と聞きますが、あなたはそうじゃないんですね」
「洗うのが面倒くせぇよ」
 そんな会話を繰り広げていると、這いずってでも逃げようとするのが視界の端に見えた。揃ったタイミングでビアンカとバートが男の足に銃弾を撃ち込む。
「おいおい、交渉の途中で逃げ出すのかよ? そりゃねぇぜ?」
「この様子じゃ、あとから払うというのも嘘ですね。逃げますよ、彼」
「どうする? あたしは決まってるぜ」
 ビアンカとバートは視線を交わした。そしてどちらともなく、再び銃口を男に向ける。
「ぶっ殺す」
 どちらともなく引き金を引き絞り銃弾をありったけ撃ち込む。それまで避けていた胴体部分に、顔面にと打ち込むと、男はもう悲鳴すら上げなくなった。
 ビアンカは拾い物だった銃を捨て、血だまりに横たわる男に一瞥くれた後、血に濡れたナイフを引き抜いた。
「あーあ、とんだくたびれもうけだぜ。畜生、腕にまた傷こさえちまった」
「怪我をしたのはあなただけじゃないんですよ?」
「そうだ、おまえらだけじゃねぇさ」
 すでに血に濡れた服だ。未練も何もない。キャミソールで血を拭い、ナイフホルスターにナイフを戻して上を見上げると、窓から沢本がこちらを見下ろしていた。
「やべ……」
 殺すなという話だったことを今更のように思い出す。せめてドンパチでもして見ていなかったら、すでに殺されていたと嘘をつく事もできたが、どうやらその様子じゃ一部始終を見ていたようだ。
「生きてるじゃねぇか、BB」
「おかげさまでな!」
「俺は殺すなと言ったはずだが?」
「下で二度も手榴弾食らったんだぜ! 聞こえていただろうが! 挙句に腕に一発食らって、さらにロハだと、どこぞの誰かは言いやがる! 腹いせの一つくらいしても問題ねぇだろ! それにな! あたしが三嶋を止めなきゃ、今頃揃ってこいつら豚箱で保護されているころだぞ! 一人だけでも捉えたんだから、褒めて欲しいぜ! それからこいつはまだ死んでねぇぞ! 瀕死だけどな!」
 もっとも脈はもうない。今すぐ大量の輸血をして、一流の病院で蘇生術を受ければ回復する可能性があるかもしれない、という程度の確率しかなかったが。
 すると沢本は盛大に溜め息をついたようだった。
「ああ言えばこう言うと、本当に口の減らねぇ女だな。まぁいい……ギャラが欲しいか?」
「あん? 今度はなんだ? 払わねぇと言った口で、今度は欲しいかとぬかしやがる。どうせこれからタイラーのところにカチコミをかけるから、着いて来いとでも言うんだろ? 見ろよ、あたしらのサマをよ! ボロ雑巾じゃねぇか。そっちは軍隊並みの武装だろ。次は爆弾か手榴弾でミートパテになるのはあたしらかもしれねぇだろ」
 前身のあちこちが痛い。それに寒気がする。今すぐ手当をしなければ、出血多量で死ぬかもしれない。治療費は沢本につけて、茜医院にでも行くかと頭の片隅で思った。
 沢本はビアンカとバートを見比べた後、口元を吊り上げて笑った。
「ハウンドの口利きになれよ」
 予想外の申し出に、ビアンカとバートは顔を見合わせた。手勢などハウンドには腐る程いるだろう。確かに今回の一件で死んだ部下も多いだろうが、勢力図そのものが書き変わる。

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