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18 殺戮のBB

 茜の手はビアンカの頭の包帯を解いていた。
「話のついでに消毒させて。それで、手がかりは見つかったのかな?」
 茜が沢本に視線を送ると、沢本は首を横に振った。
「そう簡単にわかるようなら、今頃見せしめに俺の手で殺してやっているところさ。何分、薬は俺の管轄外だ。武器、カジノ、売春宿、バーまでが、俺の領域。薬は混ぜ物かどうか使って見なきゃわからねぇし、使えば使うほど、頭が使い物にならなくなる。だから俺は薬の類は手を出さない。それが裏目に出ている。大雑把になら売人はわかるが、販売ルートや縄張りを正確なところは知らない。だから今はその線から調べさせている。その他に、爆弾とくれば、火薬が動いている。爆発物を他のもので代用するにしろ、それだけの知識を持ち、売買できる商品を作れるのだとしたら、それ相応に名が知れているはずだ。その線でいけば、ジェイが一番候補だが、ジェイはこんな馬鹿げたことには手を貸さねぇよ。だから他の武器・弾薬方面も探らせている」
 沢本の話を聞いている間に包帯を外し、ガーゼを外す。その瞬間、傷口にガーゼが張り付いていたらしく、ピリッっとした鋭い痛みが走り、思わず顔を歪めた。
「いっ!」
「ごめん、ちょっと痛かった?」
 見下ろす茜にビアンカは上目遣いに見上げた。しかし茜は心配するそぶりもなく微笑んでいるのがどこか憎らしい。
「すごく痛かった」
「あはは、ごめん」
 謝っているわりに反省を感じられないのは、この飄々としている態度のせいなのだろうか?
 のらりくらりとしているが、手当てはいい加減ではなくて、的確で素早い。
「睡蓮華の被害は?」
「お客様を迎える玄関があれじゃぁねぇ? 朝一番で隣町の建築会社に連絡を入れさせて、修理の見積もりをしているところよ。玄関ホールは滅茶苦茶。取り寄せたシャンデリアも壊れたし、ガラスも木っ端微塵。なによりそのイカれた爆弾魔の死体が天井にまで張り付いているのを見るだけで、もう一度殺してやりたくなるくらいよ」
 うんざりとした表情を浮かべても、むしろ退廃的な色香を放ちながら、ニーナは言った。茜が入れた珈琲を啜り、心底疲れ切った様子で溜め息を漏らす。
「営業は今のところ未定と言いたいけれど、幸い部屋は無事だし。女の子たちを遊ばせておくわけにもいかないから、修復の目処が立ち次第早急に営業はするわ」
「じゃ、バートは追い出さないんだ?」
 にししと歯を見せてビアンカが笑えば、ニーナは淡い笑みを浮かべた。
「バートは常連客だもの。追い出して別の店の常連客になっては困るわ」
 睡蓮華が高級を謳うだけあって、その料金も高い。バートは睡蓮華を拠点にしているため、相当の金額を毎月支払っているだろう。
「あいつの相手できるような女が、そうゴロゴロいるかよ」
 バートのしつこいセックスの様子を思い出し、ビアンカは悪びれることなく笑った。そうしている間も岳人はビアンカの傷を消毒し、外用薬を塗布していた。
「手がかりもなし、被害は拡大する一方。困ったね」
 さして困ってもいない口調で茜が言うと、沢本が唸った。
「一応、西郷や峰倉にも声をかけておいた。アカデミーは大丈夫だろうけど、というよりいっそ、アカデミーを襲撃して欲しいものだぜ。返り討ちにしてくれるだろうし」
 ニヤリと沢本はおかしそうに笑った。
「アカデミー?」
 聞きなれない言葉にビアンカが反応すると、沢本が意外そうな顔をした。
「なんだ、デッドシティに来て数年になるのに、アカデミーを知らないのか?」
「なんだそれ?」
 そう言うと頭上から苦笑が漏れた。笑っていたのは茜だった。
「サバイバルアカデミー。自衛手段を教える一年制の学校だよ」
「自衛手段? はっ! そんなもの、皆殺しにしちまえばいいのさ」
 ビアンカはそうして生きてきた。奪うために殺し、殺すために殺す。そうしなければ生きていける世界ではないから。
 だが岳人が指でビアンカの額を小突いた。
「それじゃ、自衛じゃないよ。戦えなくても、身を守る術があれば生き残れる。そうしたことを教える場所さ」
「それにそれは表向きの話で、生半可な授業はしねぇぞ。金を払った分だけ、戦う術を教える。おまえのように皆殺しじゃ、早晩誰かに殺されるだけだ。もっと頭を使う戦い方をするんだな」
 沢本はそう言って笑うと、空になったカップを棚の上に置いた。
「おじさん、いる?」
 そこにまた誰かがやって来た。ひょっこりと顔を出したのは、二十代前半くらい、ビアンカとそう歳は変わらない青年だ。まだあどけなさを見せるのは、全体的に線が細いからだろう。栗色の髪にダークブラウンの瞳の青年は、診察室に茜がいるのを見ると、わずかに驚いたようだった。
「あ、岳人さん起きていたんだ、珍しい」
 普段朝は眠っていて、この診察室は誰もいない。誰もいないが岳人の父親が、簡単な処置をしていたため、てっきり岳人の父親が診察室にいると思っていたのだろう。
「わっ、要さんまで」
 さらには沢本を見て驚く。ハウンドの沢本を下の名前で呼ぶ程の旧知の仲と知れる発言の後、ひとしきり室内を見て、言葉を詰まらせる。
「えっと、出直した方がいい?」
「ん? 何、どうしたの、リオン君」
 ビアンカの頭に包帯を巻きながら、茜はリオンという名前の青年を見た。リオンは右手を前に突き出して見せた。
「突き指しちゃったみたい」
「冷やした?」
「ううん、真っ直ぐにここに来た」
「ダセぇ」
 ニヤニヤと笑いながら沢本が言うと、リオンはきっと眉を上げたが、特に反論はせず茜に近付き、それからビアンカを見てやや挙動不審気味に視線を彷徨わせた。
「あの、えっと」
「どれ、見せて」
 しかし茜はそんなリオンの反応には無頓着だ。ビアンカの頭の包帯を巻いた後、リオンの手を取り触れる。
「痛い!」
「内出血もしているねぇ。指は動く?」
「う、うん、一応」
「折れてるとういほどじゃなさそうだ。湿布してあげるね。ボネットさんの隣にでも座ってよ」
 そう言うと、リオンはビアンカからやや離れた位置に座った。
「なんだ、照れてるのかリオン?」
 ニヤニヤと沢本が笑いからかうと、リオンはきっと睨み返した。
「照れてねぇよ、ばーか!」
 そんな子供じみた会話を聞いていたニーナが笑った。
「かわいいわね。紹介してくださらないの、岳人先生?」
「あぁ、ニーナさんは知らないんでしたっけ。彼はリオン・マクガイヤー。ハウンドでプログラマーをしているんだ。向こうに座っているのが睡蓮華のニーナ・レクシィーさん。この人はビアンカ・ボネットさん」
 茜はそう言ってニーナやリオンにも一度に紹介を済ませた。
 ビアンカにはそのプログラマーという言葉の意味がわからなかったが、こんな妙に子供じみた青年がハウンドの中枢にいると知って驚く。思わずまじまじと見ると、リオンは視線をニーナに向けて、ぺこりと頭を下げた後、床を見つめている。

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