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56 殺戮のBB

「ようBB、ご活躍だったらしいじゃねぇか。いつからハウンドに入ったんだ?」
「うるせぇ! 入ってねぇよ! バートの馬鹿が沢本とポーカーやって負けたんだよ。そのせいでギャラをむしり取られたんだ」
 デッドエンドで飲んでいると、馴染みのチンピラに絡まれた。これまでは三大勢力に支配されていたデッドシティは、一夜にして二大勢力に書き換えられた。
 しかしながらフリーの悪党はどこにでもいる。ビアンカたちもその位置にいる。
「あー、ポーカーが馬鹿強いって話しだったもんな。で、その相方は?」
「知らねぇよ。睡蓮華にいるんじゃねぇの?」
 睡蓮華は営業をしていない。しかし常宿としてバートにとって、睡蓮華を追い出されれば安い女を買ってどこかの安い宿に泊まるしかない。
 しかしバートは元々支払いがいいと言う事と、女の扱いが受けているのか、無事な部屋に寝泊まりしているようだった。
 ビアンカはファイブストリートのフラットを爆破され、ナインストリートのハウンドの配下のフラットを借りている。馬鹿のように高い部屋なので、早めに次の部屋を探さないと、部屋代だけで金がなくなりそうだった。
「よく金が続くな。睡蓮華なんて俺は入れねぇぞ」
「じゃぁ、がんばって稼ぎな」
 ビールのジョッキを持ち上げて喉を潤す。カウンター席に座っていたため、目の前でピザが出された。
 どんなに不機嫌でも、これが目の前に出されるとご機嫌になる。
「んー、いい匂い!」
 香ばしいチーズの香りも、焼けたベーコンから溢れる香ばしさも、ビアンカを幸せにする。
「あんた本当にガキみたいな顔して食べるわね」
 赤毛のナオがそう言って笑った。
「うるせぇ。とりあえず不味くても食えればいいが、うまいもの食えればもっといいじゃねぇか」
 食べるということは生きている証拠だ。
 死んだ者は何も口にできない。弱い者はひもじい思いをする。強い者だけが食べられる。
 生きる力のあるものだけが。だからこそ、ビアンカは食べることに固執する。生きていることを実感するために。
「サービスしないわよ?」
「ビールをおごってくれてもいいんだぜ?」
「その程度のリップサービスで気分がよくなるとでも思ったか?」
 奥から道明寺の声が聞こえた。調理していながら、しっかりこちらの声を聞いていたらしい。
「ちぇ、いいじゃんか、ビールくらい」
 そう言いながらビアンカはピザを頬張った。生きてご飯が食えるんだぜと当たり前のことを思う。しかし世の中、この当たり前が当たり前ではない。特にこのデッドシティでは。
「ここにいましたか……探しましたよ」
「バー……?」
 バートの声がした。そう思って振り返ると、知らない男が立っていた。
 さらりとした黒髪は襟首で切られ、黒のジーンズに青いワイシャツを着ている。どうしてこいつからバートの声がするんだ? と思って見上げていると、胸元からバートがいつもつけているクロスが見えた。
「おま、おまえ! バートか!」
「失礼ですね、あなた。そんなに驚く事じゃないでしょう? あ、私にもビールとピザを下さい」
 そう言いながらバートは隣りに座った。
 あの爆発のせいで髪の一部が切れてしまい、長さを調整するために切りそろえるしかない状態になっていたが、まさかここまで短くするとは思っていなかった。
 それに出会ってこのかた、一度もローマンカラーを脱がなかったため、普通の恰好のバートを見るのは初めてだった。それ以外の恰好はバートと寝た時に全裸だったことくらいか?
「驚くに決まってるだろ! なんだよ、その恰好は! いつもの神父コスプレ辞めたのか?」
「ボロボロになってしまいましたしね。髪も切りましたし、そうしたら急にあの恰好にこだわっていたのが馬鹿らしくなりまして」
「今更気付いたのかよ」
「酷いですね」
 バートはそう言って笑い、ポケットから煙草を取り出して咥えると火を灯す。あまりの様変わりにまるで初めて見る男のようだった。
「だってそうだろうが。クソ神父のコスプレして何になるんだよ?」
「復讐、ですかね? これでも本当に一度は神に仕えていたんですよ。まぁ、神など存在しない、あるのはクソみたいな現実だと知った日に、裏切られたような気になりまして」
 確か三嶋はバートの事を「カトリック本部の関係者を皆殺しにした」と言っていた。その結果一千万の賞金首となったわけだ。
 ビアンカも人の事を言えないわけだが、相当根が深い問題らしい。
「勝手に信じて、期待に応えてくれないからって逆恨みでもしていたのかよ?」
「えぇ、お恥ずかしながらその通りです。それで神父なんてクソと同じだと知らしめたくて、あの恰好をしていたわけですが、それすら馬鹿らしくなりました」
 先に出されたビールを受け取り、一気に半分まであおると、バートは深く息を吐き出した。
「くそ、この顔だから睡蓮華の常連客だったわけだな」
 ビアンカの隣に座っていた客の男が悪態をついた。それに対してバートは苦笑する。
「金ですよ、金。あと、マナーです。金を支払い、必要最低限のマナーを守れば、睡蓮華の女性はあなたでも歓迎してくれますよ」
 するとその答えを聞いた男が、忌々しそうに舌打ちをした。
「マナーだ? けっ! やってらんね。お上品なおセックスか? 神に祈って『神よ今あなたの元へイキます、アーメン』とか言いながらイクわけか?」
 それを聞いたビアンカは吹き出した。隣りのバートも笑い、そして同じタイミングで顔をしかめる。お互いに傷は癒えてはいない。
「馬鹿、笑わせるな! ちくしょう、まだ痛いんだぞ」
「萎えますよ、それ!」
 ひとしきり笑ったあとビールを飲むと、バートがビアンカのピザに手を伸ばしてきた。
「だめだ、それはあたしのだ」
「私も頼んでいるので、後でそっちから取ってください。おなかが空いているんですよ」
「ちぇ、絶対に返せよ」
 そう言うと、カウンターで洗い物をしていたナオが笑った。
「あんた本当にガキみたいなことを言うわね。それでよく生き残ったわね、昨日。随分派手にやらかしていたじゃない」
「まぁな」
「あぁ、そうでした。つい忘れるところでした。ビア、沢本に口利きして部屋を借りたんでしたよね?」
「あぁ? まぁな。でも絶対にあいつぼったくりするつもりだぜ。早めに部屋を出ようとは思っている」
「私もいい加減、睡蓮華を出ようかと思いまして」
「なんだ? 追い出されそうなのか?」
 女を切らしたことのないバートが、売春宿を出ていくというのが不思議でならなかった。もちろん、睡蓮華を出たところで、女は毎日でも抱ける。
 先ほどバート自身がそう言ったように、結局は金だ。金さえ払えばどんな女でも抱ける。しかし出会ってBBとして組んで仕事をするようになってから、ほぼ一度も女を欠かさない男が、随分思い切ったことをするものだと不思議に思う。
 髪を切ったついでに、性欲まで断ち切ったのだろうか? と馬鹿なことを思ったくらいだ。
「いいえ? そういうわけじゃないですが、当分開店休業ですし、色んなものを変えてみようかと思いまして」
「それで髪を切って服を変えて、宿も変えると?」
「まぁ、そういう事です」
 ビアンカの皿から奪ったピザを頬張り、バートは頷いた。それを聞いていたナオは首を振る。
「沢本に聞くのはやめておきなさいよ。あいつに貸しを作るとろくなことにならないわよ」
「おや、あなたは随分知っているようですね。ご友人ですか?」
「腐れ縁よ。あっちの方がもっと付き合い長いわよ」
 そう言って調理場で作業を続ける道明寺を指差した。
 この街の連中はどこかで沢本と繋がりがあり、ハウンドの影響下にある。下請けではないビアンカたちだったが、今度の一件でそういう目で見られるかもしれないなと思う。
「それで結局のところ、タイラーはなんで沢本にちょっかいかけたんだろうな。黙って薬売ってれば、よかったものを」
「沢本が大人しくしていたからでしょ」
「はぁ? あれで大人しい?」
「昨日みたいなこと、毎日してないでしょ? もっとも毎日していたら、いくらデッドシティでも早晩崩壊するけどね。タイラーは沢本がやった過去の馬鹿騒ぎを過小評価し過ぎたのよ。偶然だとか、尾ひれがつきすぎただけとかね。言っておくけど、昨日は過去に比べれば大人しいわよ」
「ぞっとするようなことをさらりと言うなよ」
 あれ以上の戦争をやらかしていた? ハウンドの配下と思われてしまうかもしれない現状で、また戦争に巻き込まれてしまえば、いくらギャラを受け取ろうと、死んでしまえば意味がない。
 マネーゲートのババァがぼろ儲けするだけだ。
「教訓として覚えておけばいいわ」
 そう言ったところで、店のテーブル席の料理を運びにナオはカウンターから出て行った。
「困りましたね。ビア、一晩泊めてくれませんか?」
「四万出せよ」
 そう言ってニヤリと笑うと、バートが頬を引きつらせた。
「根に持っているんですか?」
「忘れる程時間はたっちゃいねぇと思うが?」
「四万出すくらいなら、安宿に泊まります」
 火が消えかけた煙草を深く吸い直す。
「じゃぁ、一万払え」
「結構です」
「ここの支払い持つなら一晩泊めてやる」
「……乗りましょう、それくらいなら」
「マジか? ラッキー。道明寺、フルーツの盛り合わせ追加で!」
「ちょっと、ビア、おごりと言った途端に追加するなんてひどくありませんか?」
「安いもんだろ? あたしは一晩で一万もする程食わねぇぞ?」
「そうかもしれませんが……」
 なんだか納得できないという顔のバートに笑いかけた後、冷めてきたピザを摘まむ。
 また新しい客が来たようだった。
「よぉ、BB! 丁度いいところに……おまえバートか! いつものコスプレはどうしたんだよ? まぁいいけど。二人揃っているなら話は早い。運びの仕事しねぇか?」
 ビアンカとバートは揃って溜め息をこぼす。
「当分休みだ。体がもたねぇ」
「そういうことです。他を当たって下さい」
「なんだよ、せっかく楽で金になる話を持ってきたのに」
 そう言いながら、すぐに離れて行きテーブル席へと座った。
「あぁ、なんか言い忘れたな。昨日はお疲れ」
 飲みかけのジョッキを掲げると、バートもジョッキを持ち上げた。
「お疲れ様でした」
 グラスを軽くぶつけあい、ビールを飲み干す。
「ところでおまえらってさ、どういう関係なの?」
「相棒さ」
 それ以上でもそれ以下でもない、この関係はビアンカにとってもバートにとっても案外心地よかった。
「ですね」
「はいよ、ピザ」
「きた! あ、道明寺、ビールも追加で」
「こちらもお願いします」
 二人そろってビールを注文すると、ピザに手を伸ばしあったのだった。


殺戮のBB ―完―

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