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25 殺戮のBB

 ラムダークへとやってくると、沢本とバートは入り口に近い位置のテーブル席に着き、向かい合っていた。入り口側に背を向けているのは沢本で、店側に背を向けているのがバートなのだが、バートの気配がおかしい。もはや殺気に近い。
 これはもしやバートまでも沢本に言い負かされているのかと思い近付くと、二人はカードをしてた。
「なんだ、カードかよ」
 ビアンカを待つ間、暇を持て余してゲームを始め、バートの分が悪いことになっているらしい。いつも澄ました顔のバートが、苦渋に満ちている姿などそう拝めないので、ビアンカは逆に気分がよくなった。
 一度カウンターに近付き、店員にビールとランチセットを注文してから二人の席に近付くと、バートが顔をあげて、それに気付いた沢本もビアンカに気付いた。
「待たせたな。で、いつまでゲームしている気だ?」
「なに、もうすぐ終わる」
 沢本はそう言って笑った。テーブルを見るからに、ポーカーをしているようだった。
 その瞬間、ビアンカは記憶に何かが掠めたような気がして、それを思い出そうとするが、思い出せない。一体何を思い出そうとしていたのかと訝りながら、煙草に火をつけてそれとなくバートのカードを覗き込むと、もうそろそろフルハウスが出揃うところまできている。最悪ツーペアとなりそうだが、なんとも心許ない手だ。
「さぁ、やろうぜ?」
 対する沢本は余裕しゃくしゃくだ。これは余程の手が揃いつつあると見ていいだろう。
 バートがカードを引く。まだだ、まだ揃わない。
「チェック」
 だが沢本はカードを引かなかった。つまりもう手は最強を引いているというわけだ。
「一応聞いておいてやるが、いくら賭けた?」
 バートの顔色が悪くなる金額など、相当だろう。こんなツーペアで上がりになったら、もう終わりだ。
「今回の……ギャラです」
「はぁっ! お、おまえ、あたしのギャラまで賭けたんじゃないだろうな?」
 カードを睨むバートを見たあと、余裕の表情を浮かべた沢本を見ると、沢本は更に余裕を見せた笑みを浮かべた。
「賭けたぜ。オープニングベット(最初の掛け金)はオールイン(すべての金)おまえらのギャラ。フォルトの場合は無料奉仕。かわいそうだからレイズ(掛け金)として、俺に勝ったらギャラは二倍という約束だ」
「ふふふふ、ふざけんなー! あたしはノーギャラで仕事なんてしねぇぞ!」
「服買ってやっただろ?」
 さも心外という口調で、だが表情はこの現状を楽しんでいるようにしか見えない。
「それはおまえがあたしをひん剥いたからだろ! 当然のことだ。あたしの意思を無視して、勝手にギャラを賭けるな。バートがはじめたんだから、バートのギャラだけにしろ!」
「それもそうだが、今更ルールに変更はない。しょうがない、負けたところでビアンカ。おまえにはタダで部屋を斡旋してやるよ。家賃は払えよ」
 そのことで頭を悩ませていたビアンカは、思わず言葉につまり反論をし損ねた。それを沢本は了承と受け取ったらしい。
「じゃぁ、そろそろショーダウンといこうぜ」
 次のコールが最終だ。これでバートが狙ったカードを引かない限りはツーペア。だが狙ったカードがくれば、フルハウスだ。沢本がこれ以上の手で来るとしたら、フォーカード、ストレートフラッシュだ。
 まさかロイヤルストレートフラッシュは出ないだろう。
 だがそう考えたビアンカは、ようやく頭の片隅に引っかかっていた記憶を呼び起こした。
 昨日、零次が言っていたではないか。『あの人とポーカーだけはやるなよ?』と。尻の毛までむしられるところだったと漏らしていたのは、つい昨日の夕方。
「あー……」
 ビアンカは額を押さえて呻いた。もう負けが確定しているようなものだ。そう言えば沢本はいくつかのカジノを経営しているのだ。仮にいかさまをしていたとしても、素人に見抜かれるようなヘマはしないだろう。
「おまたせ」
 そこにウェートレスがランチとビールを持ってきた。ビアンカはすでに自棄酒気分でビールを引ったくるように奪い、喉の奥に流し込んだ。
 うんざりとした気分でミートソースのパスタを眺めたところで、バートがカードを引いた。沢本はニヤリと笑い、再び「チェック」と口にしてカードを開いた。
 スペードのロイヤルストレートフラッシュ。
 対するバートはツーペア。
「ばーか」
 ビアンカはビールを片手にそう呟いて、ビールを煽った。
「そ、そんな、都合よくロイヤルストレートフラッシュなんて……!」
「さて、負けは負けだな。BB。無料奉仕でよろしく」
「いかさまです!」
 バートが席を手で叩いて立ち上がるのと、複数の銃口が自分たちに向けられるのは同時だった。バートとて馴染みのある音だ。それが何の音なのかわからぬほどに、耳が遠いわけではない。
「いかさまだとしても見抜けなかったやつが間抜けなんだよ」
 そう言いつつ片手は降参の意味をこめてあげて、もう片方の手はジョッキを離さず口をつけた。

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