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53 殺戮のBB

 いったいこいつらはなんのためにこれだけの手榴弾をため込んでいたんだ? 戦争でもするつもりだったのか? 一体誰と?
「……」
 デッドシティは大まかに三人のトップが君臨している。
 沢本率いるハウンド。カジノ・銃器の密売・売春宿。飲食店の他にも宿など手広くやっているが、薬にだけは手を出させない。
 ニーナ率いる高級売春宿・睡蓮華。しかしその選りすぐりの女たちは、単なる性サービス嬢ではない。金と権力を持つ男たち、マフィアや犯罪者のトップはもちろん、財政界にもパイプを持つ。そんなニーナは絶対に使っている女たちに薬をやらせない。
 タイラーが扱うのは主に薬だ。沢本とニーナが扱わない薬の儲けはタイラーが独占していると言ってもいい。その代りタイラーはいくつかのバーを扱ってはいるものの、武器と女は手を出していなかった。
 三人ともそれぞれジャンキーが乗り込んだ爆発で被害を受けている。けれども一人だけ、おかしな人間がいる。
 沢本がぶっちぎりでおかしいのは問題ない。一応今回の依頼主だ。一銭も払わないドケチな鬼畜野郎だけれど。
 問題なのは、タイラーだ。
 ドラッグの売り上げを独占しているはずのタイラーが、なぜ新規で乗り込んでくる売人を見過ごしているのだ? 自分の領分に土足で踏み込んでくる連中は、商売の流れを変えるような輩だ。何があっても潰すのが流儀だろう。
 沢本のニーナに対する信頼は、紙切れ一枚程度の薄さかもしれない。だがニーナ自身を認め、ニーナと協調関係にあると言ってもいい雰囲気だった。
「タイラーか……」
 腹の膨れないドラッグにも、女を買う趣味もないビアンカにとって、ハウンド以上に気にしたことがない。だからこの三人の権力者たちの構図について、考えたこともなかった。
 もしもタイラーが勢力図を塗り替えるなら、沢本を潰すことだ。ニーナの私的な部下たちは強い連中かもしれないが、戦争を仕掛けられるだけの数はいない。潰すのはいつだってできる。
 事実上タイラーが目障りに思うのは沢本率いるハウンドだけだ。ハウンドの権力を乗っ取れば、薬と武器が主力になる。カジノをはじめとしたギャンブルや娯楽も手中に収めれば、ニーナを組み敷くのもたやすい。
 そのための武器が、ここにある!
「!」
 物音に気付いて顔を上げれば、男が動いたようだった。一度明かりに慣れた後の目では、前以上に見えない。
 しかし男は建物の配置を覚えている。この暗闇の中目的に向かって走り出す。
「行かせるか!」
 ナイフを置いて両手で銃を構えて撃つ。しかし慣れない武器では威嚇程度の役割にしかならない。
 男が飛びついた先はドアになっていた。この地下は逃げるために用意されていたのだろう。
 カンカンと鉄梯子を登って行く音がする。逃げる気だ。
「逃がすかよ!」
 一度置いたナイフを拾う。
「ビア、待って下さい!」
「なんでだよ!」
 追いかけようとしたビアンカを制止するようにバートが叫んだ。声と先ほどの発砲によるマズルフラッシュを手掛かりにこちらに近付いてくる。
「手榴弾があったら、今度こそ死にますよ」
「ちっ!」
「音を手掛かりにしましょう。階段を上る音が消えたら十を数えたら追います。昇り切ったところで手榴弾を投げ込まれたら、やっかいです」
「ちっ!」
「怪我は?」
「腕を撃たれた。しびれてやがるしマジで痛ぇ。ちびりそうだ」
「漏らしてもいいですが、始末はしませんよ?」
「結構だってんだ」
 軽口を叩き音が止むのを確認する。心の中でカウントを開始する。
 バートが先に歩く気配を感じたので、一歩下がってそれに続いた。
 それにしても厄介な仕事に巻き込まれたものだとビアンカは思う。ビアンカ自身はこのデッドシティの中に存在する、山ほどいる悪党の一部分でよかった。今日食える飯のための金を稼ぎ、刹那の時まで殺し合いながら生きていくだけだったはずの日常が、気付けば街の勢力図を塗り替える戦争に巻き込まれている。
 沢本が幾度となくマフィアどもとの、抗争という名の戦争を勝ち抜いて生きてきたという眉唾物の情報が本物だったと肌で感じる。こんなことを毎度やっていたら死ぬ。それでも沢本はいきているのだから、やはり実力は本物だったなと改めて納得した。
 階段を上りながら今日は命日かもしれないなと漠然と思った。
 死ぬ前にデッドエンドでピザでも食って、腹一杯ビール飲んでから死にたかったぜと、場違いなことを思ったら急におかしくなってきたビアンカは笑った。
 どれ程危険の中にいても、ドブネズミの生き方はこれだ。小汚い街でわずかばかりの飯で腹を膨らませるために殺し合って生きている。
 階段を上りきると、そこはトイレの中だった。下水用のマンホールに見立てて、うまく作った代物だ。緊急の脱出・避難用につくられたものなのだろう。
 バートが走りだし出入り口で進路を確保する。ビアンカも駆け出して後ろをバートに任せて外へと駆け出した。
「うわっ!」
 外にはハウンドの軍勢が駆け付けていた。だが再びあの男が手榴弾を投げた直後で、武器を積んだピックアップトラックの下で炸裂し、爆炎をあげて炎上した。熱風がビアンカたちに襲いかかる。
「いったいいくつ持ってんだ、手榴弾野郎が!」
 しかし手榴弾というかさばる武器は、ポケットに一個入れるのがやっとだ。両方のポケットに突っ込めば、あとは手に直接持つくらいしかない。しかし階段を上るには両手を塞ぐわけにはいかない。沢本なみに最初から装備を固めているなら、複数の所持も可能だろうが、野郎はごく普通のパンツにシャツを着ていた。
 ならばもうないと賭けてビアンカは逃げようとしていた男に切りかかった。
「!」
 銃口がこちらを向いた。今更それでビビるかよと頭の片隅で思いながら、乾いた笑みを浮かべてナイフのグリップを握る手に力を込める。

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