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06 剣鬼

「おいおい、ヴィズルの連中はいつからこう生ぬるくなったんだ? なぁ、俺と遊んでくれよ。それともこれはかくれんぼか? 鬼ごっこか? ずいぶん子供っぽい遊びが好きなんだなぁ、おまえらは」
 駆け出し寝室のドアへと向かって銃を撃ちこむと、反撃が返ってきた。さすがに弾数が多いので一度ロニーも身を引いた。廊下の壁に背を預け、火力攻撃が途切れるのを待つ。不意の急襲だ。弾数には限りがある。連中がふと冷静になってそれに気付けば、無駄撃ちを抑えるために撃ってこなくなるだろうし、興奮状態が続けば弾が無くなるまで撃ち続けるはずだ。
 その瞬間にもう一度踏み込めばいい。しかしそれだとつまらない。血で血を洗う闘争こそがマフィアの本質というものだ。
「俺は銃が好きじゃないんだよなぁ? だってつまんねえだろ? 殺し合いが簡単過ぎる。楽しくないだろ?」
 誰にともなくそう言って、左手に構えていたハンドガンを見て薄らと微笑んだ。
 銃は長距離で戦えるという有利性はある。けれども弾数には限りがある。弾がなければその瞬間にでも鉄くずに早変わりする。
 倭刀は刃が多少欠けても、使い手の体力と精神力が途切れないうちは使える。自分次第でどこまでも戦える。血生臭く戦えることが気に入っていた。
 ちらりと視線を巡らせば、ロニーに手を切り裂かれ、挙句背中に一発撃ちこまれた男が、それでも這って逃げようとしているところだった。
 ロニーは一度銃を床に置いた。銃口は熱くなっているため、ホルスターがなければ火傷をする。右手に倭刀を構えたまま、ずんずんと近付けば、男は殺されると勘違いをして悲鳴を上げて命乞いをした。
「た、助けてくれ!」
「悪かったよ、痛いだろう? 俺もまだ脇腹痛ぇんだ。でもこれで痛み分けだ。俺はもう何もしない」
 そう言って襟首を掴んで立たせる。そして先ほどの男同様にして盾にしながら寝室へと向かう。
「俺は何もしないぜ。撃ってくるのはみんなおまえのお友達だ。おまえから撃たないように頼んでみろよ? な?」
「やめっ、や! あぁっ!」
 銃弾が飛び交う場所へ、男を盾にして更に進む。あと何人立てこもっているのかわからないが、ここでヴィズルの連中には恐怖を嫌と言うほどわからせたかった。
「やめろ! 撃つっ、あぁっ!」
 場数の少ない奴ほど、威嚇のために撃ってくる。仲間がいるとなると更に気持ちが大きくなって、ハチの巣にでもしようとして撃ち続ける。
 弾がなくなったその時には、丸腰同前となることも考えずに。
 盾にした男にはもう何発も当たっている。流れ弾がロニーの足の肉をかすめたが、ロニーは歩みを止めずに鉄火場へと歩みを進める。怯んだり、ゆっくりしていたほうが弾に当たる。
 寝室へ投げ入れるように突き飛ばし、それに合わせて駆け込んだ。命の取り合いでは怯んだら負けだ。恐怖に屈した瞬間に、地獄の入り口が見えてくる。
 寝室へ乗り込むと、まず初めに近くにいた男の喉を倭刀で突いた。反射手に喉を押さえようとした手の指を切り落としながら引き抜き、ロニーは両手で頭上に構えて突進した。もう一人の男は銃を構えてロニーを撃とうとしたが、弾丸はすでに吐き出されたあとで、撃鉄が空しい音を立てる。その瞬間、男は恐怖で顔を引きつらせた。対するロニーはニヤリと笑ったまま、顔面を切り裂いた。いい手ごたえがするので、恐らくは頭骨も砕いただろう。頭蓋骨は意外と硬くて、割るのは案外難しい。けれども強い衝撃に耐えられる箇所ではない。
「うわぁぁ!」
「!」
 すると一人の男が倭刀を構えてロニーに突進してきた。ロニーは鼻で笑って刀身をいなした。
「話にならねぇよ」
 刀剣同士の戦いでは、刀身の刃の部分でぶつけ合うことはない。刀剣はあくまでも鍔で迫り合い、いなすもの。そうした基本もわからず、倭刀をカッターか何かのように、簡単便利に切れるものと思っていては怪我をする。
 ロニーが倭刀の刀身を下へといなしただけで、相手は自身の勢いを殺せずにつんのめるようにして前へ前へと突進する。あとはロニーが手首を返し、刀身を水平に構えるだけでよかった。
「あぁっぐぎゅっ!」
 前へと進む勢いを殺せず、男は勝手に刀身へ向かって走り込み、首をくいこませた。条件反射でそれ以上切れないようにとした結果、上体を逸らして仰け反るが、そのせいで切り裂かれた頸動脈から更に血が溢れてロニーに降りかかる。
 生きている人間の血は熱い。その血を浴びてニヤリと笑えば、この世の者とは思えない悪鬼の形相だった。
「待てよ、こら!」
 物音に気付いて振り返れば、ついに弾切れを起こしたヴィズルの生き残りが、窓の鍵を開けてそこから逃げ出そうとしていた。この場所の高さは二階。逃げられないこともない。
 時間を稼ごうとして投げつけた雑誌をロニーは倭刀で振り払う。ところが雑誌の途中までは切れたのだが、よく血を吸った紙がまとわりついたせいで刀身に食い込んだ。
「逃げろ!」
「逃がすか!」
 倭刀を勢いよく振って雑誌を落とす。ベランダから次々と男たちが飛び降りる。ロニーもベランダから飛び降りようとして淵に片手をかけたところで、複数回銃声が響いた。
「やべ……」
 思わずそう呟いたロニーの視線の先には、髪をすっかり乱したスペンサーが銃を片手に立っていた。今の銃声はスペンサーが撃ったのだろう。スペンサーの近くに二人の男たちが蹲っていた。スペンサーは倭刀を使わないが、代わりに銃がうまい。距離も多少関係するものの、ハンドガンの平均的な距離で撃った場合、大抵狙った位置を撃ちぬける。素手での殴り合いになると相当強い。ロニーでも正直スペンサーとの殴り合いはしたくなかった。
 逃げるようにベランダから飛び降りた連中が即死していないところを見れば、わざと死なない程度に撃ったのだろう。
 ゆっくりとスペンサーは顔を上げて、にやりと笑った。それは楽しそうな笑みではあったが、不自然なほどに愉快そうなのが怖い。
 どこでどうロニーの足跡をたどったのかはわからないが、スペンサーとて組織のナンバーファイブ。ましてや女嫌いのロニーとは違って、男女を問わない情報網を持っている。
 目立つロニーの赤毛を頼りに、ここまでの目撃情報を照らし合わせ、さらに銃声に気付いて当たりを付けたころに、ヴィズルの連中が逃げるようにしてベランダから降りてきた。更に追い打ちをかけるようにロニーが叫んでいたので、相手をヴィズルと見なし躊躇うことなくスペンサーは撃ったのだろう。
「よう、ロニー」
「よ、よう……」
 子供の頃から一緒に悪さをしてきた。今も相棒としてよく行動を共にしている。
 そんなスペンサーは笑みの質を変えた。口元こそ微笑んでいるが、目が笑っていない。走ってきたのだろう。肩で息をしている。
 あれは怒っている。間違いなく怒っている。
「どうやら絶好調らしいなぁ? えぇ?」
「おう……」
 何の相談もなく騙すように出てきたことを怒っているのだろう。それにボスがまだ行動に移すなというのも聞かなかった。更にいつもなら悪さをするのは一緒なのに、今回は何の相談もなく一人でここまで乗り込んだ。携帯端末機の電源を切ったのもまずかったのかもしれない。
「その部屋出るんじゃねぇぞ。今行くからな。逃げたらぶっ殺す。いいな、逃げるなよ? そこにいろ」
 すっと口元の笑みも消えた。ロニーは対照的にニヤリと笑ったが、スペンサーが走って建物の入り口に向かうのを見て頬を引きつらせた。
「やべぇな……あれ絶対怒ってる」
 ベランダに背を向け屋内に戻ってくると、倭刀の刀剣を振って血を飛ばす。鞘に戻すには血に濡れすぎているので、勝手に室内の毛布を掴んで引き寄せそれで血を拭った。
 ぐるりと見回せば喉を突かれた男が無事な手で傷口を押さえ、虫の息でロニーを見上げていた。
「皆殺しにしようと思ったが、一人くらいは生き残っていてもいいかもな。ヴィズルのボスにでも伝えろよ。ガウトを舐めてかかったらこのざまだってな」
 ロニーに向かって倭刀で挑んできた男は、もはや死の淵に立たされているようだ。絨毯はもはや赤黒く染まりつつある。頭を割られた男は、傷口からの大量出血の中、口から泡を吹きびくびくと震えていた。もう一人、ロニーによって盾にされて仲間に蜂の巣にされた男は、血の海に投げ出されピクリとも動かない。
 その結果を見据えてロニーは更に笑った。
 ここはエイキンだ。そして自分たちはマフィアだ。血に染まる瞬間こそ、真価を発揮するというものだ。
「ロニー!」
 スペンサーの声だった。どうやら一気に駆け上がって来たらしい。余程頭に血が上っているようだ。
「あー、来たよ……殴られるかな?」
 うんざりした面持ちで、ロニーは寝室を後にした。玄関からはスペンサーが乗り込んできたところだった。
 ロニーは諦めたように溜め息を漏らし、傷口の開いた脇腹に触れて肩を落としたのだった。

剣鬼 ―完―

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