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20 殺戮のBB

 表通りはビアンカが思った以上に人が歩いていた。夜のデッドシティに比べると、顔ぶれは全うな人種が多い気がする。こうしてみれば犯罪都市とは言われているが、それでも茜のように善良と言い変えてもよい人種も住んでいたのだなぁと、妙に感慨深いことを考えた。
 空はブルーグレー。かつて青だった空は、晴れ渡った日でもどこかどんよりとしている。
 ハウンドのボスの背に追いつくと、丁度煙草に火をつけているところだった。
 深く吸い込み、息を吐き出す。そしてビアンカに視線を向けてきた。
「相方、バートと言ったか。そいつは睡蓮華にいるって?」
 昨夜は睡蓮華にはいかなかったらしい。ビアンカは肯いて見せた。
「あぁ。いつもデッドシティにいるときは、大抵、睡蓮華にいるよ。他の女のところにも行くことはあるらしいが、そこまでは知らねぇ。でも今日は昼にラムダークで待ち合わせをしている」
「そうか。ところでおまえ、その格好どうにかならないか?」
 沢本がそう言って、色の薄いサングラス越しにビアンカを見下ろす。ビアンカは昨日から同じ格好だった。その挙句、キャミソールには乾いた血痕が付着し、背中は一部敗れている。
「しょうがねぇだろ。部屋に戻ったって、その部屋があの有様だ。はぁぁ……そうだよ、部屋だよ。なぁ、あんたどっか空き部屋あるところ知らないか?」
「そりゃ、どこかにはあるだろ」
 沢本はひどく素っ気無く言い放った。ビアンカは一瞬むっとしたけれども怒鳴ったりはしなかった。
「そうじゃなくて、安いところ紹介してくれよってことだよ」
「仲介料を払うならいいぞ」
「ケッ!」
 結局また金だ。わかっていても腹立たしい。勝手に爆死したボマーだが、やはり死肉でも踏み潰してやろうかとビアンカは思った。
「そこの店に入れ」
 そういって沢本が煙草を持つ手で示したのは、デッドシティでも比較的割高な衣服店だった。入ってみたことがないわけではないが、いまいち趣味が合わないばかりか、値段が高目なのがいけない。正直こんな商売をしていれば、ナイフも服も消耗品だ。
「なんで?」
 沢本を見上げると、沢本はサングラスの向こうで目を細めてビアンカを見下ろした。その眼差しは茜を前にしていたときとはまるで違い、蔑むような気配さえ感じられた。
「その格好で俺の隣を歩くな。小汚ねぇ格好しやがって。なんでもいいから着替えろ」
「やだよ」
 そう言うと沢本は煙草を口に咥えて、ビアンカの腕を掴んで引きずるようにして歩く。ビアンカはその腕を払うが、沢本はビアンカのキャミソールに手をかけて、そのまま引きちぎった。
「なっ!」
「全裸で歩くなら許してやるぜ」
 にやりと笑う沢本の目に写るのは、もうキャミソールの役目を果たさない残骸の布切れと、張りのある乳房だった。
「こんの、ド変態が! 往来でレイプするほど餓えてんのか、てめぇ!」
 しかしビアンカはその胸を隠そうともせず、ニヤニヤと笑う沢本の襟を掴んだ。しかし沢本はそのビアンカの手を掴むと、いとも容易く身をかわし、挙句にその腕をビアンカの背に捻り固定した。こめかみもまだまだ痛むが、背中の傷はもっと痛む。ビアンカは痛みに顔を歪める。
「馬鹿! いっ! いてぇぞ! あたしは怪我人だ!」
「だったら大人しく言うことを聞きやがれ」
 そう言って、押し込むように店へと足を踏み入れた。
「いらしゃ……!」
 髪をツンツンに立て、唇や鼻にピアスをした青年は、半裸で強引に押し込まれたビアンカと、煙草を咥えたまま入ってきた沢本を目にしてひどく驚いたようだった。
 ビアンカの胸を拝めて、鼻の下を伸ばす暇さえ与えてもらえないほどの衝撃だったようで、ビアンカの胸と沢本を何度も見比べる。
「こいつに合う服を適当に見繕え」
「はっ……?」
「放せってんだ畜生! この変態が!」
「半裸で歩くほど、変態じゃねぇぞ」
「てめぇがあたしのキャミを破ったんじゃねぇか!」
「おまえが素直にこの店に入らないからだ。俺の横に小汚い格好の女がいるのが許せねぇんだよ。おら、とっとと着替えて来い」
 そう言って沢本はビアンカの腕を押して、そしてようやく開放した。ビアンカはきつく睨みつけるが、沢本はまったく堪えた様子もなく、さっさと店の外に出て、入り口のドアにもたれて煙草を吸った。
「いいか、俺をあまり待たせるな。店員、さっさと選んでこいつに着せろ。こいつの好みなんてどうでもいい。そのぼろ雑巾みてぇな格好から最低限見られる格好にしろ」
 そう言って沢本はジーンズに挟んだ銃を手に取った。瞬時に青ざめた店員はあたふたと、レジ前から走り出た。
「は、はい!」
 店員は一度ビアンカの顔を見た後、洋服を選びにかかる。その間、ビアンカが沢本を睨みつけても、まったく無関心な様子で、その様子が頭に来る。
 茜に言わせると、なんだかんだと面倒見がよくて優しい男らしいが、これのどこが面倒見のいい男なのだと憤慨する。単なる自分勝手で傲慢な男にしか見えない。そもそも茜医院にいる間は猫を被っていたのではないかとすら思える。
 店員に視線をやればあたふたと走り回り、次々にビアンカに着せる服を手に取っていた。
 確かにこの格好のままでいるより、多少趣味に合わなくても我慢するしかない。
 溜め息を漏らしつつ店員に近付くと、まるで銃を突きつけられているかのように、短い悲鳴を上げ、近付いてきたのが沢本ではないと知ると安堵の溜め息をつき、試着室へと連れて行った。
「ちょっとお姉さん、あの人に何したの?」
「どうみてもあたしが何かされた側だろ?」
 こいつの目は腐っているのか?
 そんなきつい眼差しを送ると、店員は怯えるように入り口で煙草を吹かす沢本を見たあと、ビアンカに視線を戻した。
「あの人、ハウンドの沢本さんでしょ?」
「そうだ」
「滅茶苦茶機嫌が悪いじゃないですか。嫌ですよ、俺。腹いせに殺されるなんて」
 どうやら店員はハウンドとしての沢本を知っているらしい。この際、ビアンカの胸などどうでもいいと思えるほどに震え上がっていた。
「とにかく、着てください。お姉さん頭に包帯巻いているし、変に気取った格好や綺麗系のスカートより、もっとカジュアルがいいと思います。このアシンメトリーキャミソールにサファリシャツを羽織ると、頭の包帯も違和感なし。キャミソールの裏はカップがついていますから、お姉さんのようなノーブラでも大丈夫! それにブーツだし、絶対似合います」
 もはや鬼気迫る勢いで洋服を突き出した。ビアンカは仕方なくそれを受け取る。
「あと、コレ! カーゴショートパンツ。そのナイフホルスターも装着しやすいですし、これならナイフを取るときにも、邪魔になりません。着替えている間にアクセサリー用意します!」
「いらねぇよ」
「でも完璧にしなきゃ、俺が殺される! お願いですから!」
 そう言ってビアンカにショートパンツも押付けて、試着室に押し込められカーテンを閉めた。ビアンカは溜め息をつき最早背中に張り付いているだけのキャミソールの残骸を脱いだ。
「なんの呪いだよ。昨日はバートのバイクが壊れてハートランドから徒歩、あたしのフラットは爆破され、挙句に巻き添えで怪我、更にあの鬼畜変態に半裸!」
 聞こえるように文句を叫んでから、ビアンカは用意された洋服に着替え始めた。

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