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21 殺戮のBB

 着替えてしまえば、さほど悪い感じではなくて、むしろビアンカのイメージに合っていた。さすが店員なだけある。カーテンを開けると、待ち構えていたように店員がアクセサリーを出してきた。
「このゴールドのリングモチーフネックレスがポイントです。あと同じくゴールドのバングル」
 ビアンカが拒否しないかと、ヒヤヒヤしているようだ。しきりに入り口の沢本を気にしている。
 ビアンカは小声で店員に尋ねた。
「なぁ、あいつってそんなに怖い?」
 すると、亀が腕立て伏せをしている様子を目撃してしまったかのような、信じ難い光景を目にしたという表情でビアンカを見た。
「お姉さん、あの人誰だかわかって言ってるんですか?」
「ハウンドの沢本要。あたしも昨日知り合ったばっかりだし、よくわかんねぇんだよ。噂じゃ色々聞いたし、実際権力もあれば実力もあるんだろうよ」
 だがリオンや岳人を前にしているときと、噂では天と地ほどに違う。そしてまた今の沢本も。どれが本当なのかわからない。
 そう言えばあのお人よしの医者が、「噂の半分は本当」といい、それは沢本の一部でしかないとも言っていた。
「逆らうものは容赦なしですよ。俺がガキの頃、まだ俺はデッドシティには来てなかったけど、それでも噂になったくらいですよ。マフィアを壊滅させたって。それも一人で。それが実際に起こった事だっていうのは、一定の年齢の人間に聞けばわかることです。嘘みたいな話だけど、本当なんですって。あの人が直接手を下しているところは見たことないけど、ハウンドの連中が制裁加えているところは見たことあるんですけど、それはもうすげぇ血の惨劇で」
 思い出したのか、店員は身震いしてもう一度アクセサリーを突き出した。ビアンカはしぶしぶ受け取り、それらを装着した。
「よかった、似合っています」
 店員はほっとしたように胸を撫で下ろした。
 ビアンカは振り返り、一度鏡の向こうの自分の格好を見る。似合っているのがまた許せない。
 脱いだスカートから、昨日バートからかりた三万円と煙草、そして今はもう玄関が吹き飛んでいるため、持っていても意味のない鍵を取り出した。スカートも汚れているし、血が付いている。
「これ、処分してくれ」
「はい」
 さすがにデッド・シティで商売しているだけあって、血の付いた服を見た程度では動じたりはしないようだ。
 ビアンカは取り出したものをポケットにねじ込み、沢本に近付く。すると沢本もそれに気付いたようだ。ジロジロと検分するように見たあと、視線を店員に向ける。
「いくらだ?」
「は、はい! えーっと、全部で大体二万二千、えっと、ちょっと待ってください! 計算します!」
「いらねぇよ。三万あれば間に合うな?」
 そう言って沢本はポケットに畳んで入れたあった札から三万を取り出すと、床に投げ捨てた。
「あ、ありがとうございます!」
 店員が床に捨てられた札を拾う。沢本はその様子を見ることもなく、歩き出した。
「あんの鬼畜変態傲慢野郎、殴ってやりてぇ……」
 付いてくるのが当然と思っている態度が益々気に食わない。
 いっそ仕事なんて引き受けないと言ってやりたいが、そうすればこんなことになったツケを犯人部グループに払わせてやれないし、何より金にならない。その上、ビアンカの存在がハウンドの仕事の邪魔と判断すると、今度はハウンドを相手に立ち回らなくてはならない。
 この街にいったいどれ程のハウンドの構成員がいるのか、正確な数はわかっていない。沢本は必要な時にしか声をかけないため、普段はそれぞれ別の仕事をしているようだった。
「ちっ!」
 ビアンカは舌打ちをしてポケットから煙草を取り出し、火を灯すと沢本の背を追いかけた。
 むしゃくしゃした気分を隠そうともせずに歩いていると、一度沢本が振り返り立ち止まった。ビアンカが追いつくと、再び歩き始める。
「その服は貸しな」
「ふざけんじゃねぇよ! 人を勝手に半裸にしておきながら貸しだと?」
「あぁ、そうだったな。でももう一つ貸しがあるぜ」
「ねぇよ!」
「昨日、茜に手を出しただろう?」
 そう言って沢本は笑った。そう、丁度ビアンカは半分本気、半分冗談のつもりで、茜の膝に座り強引にキスをした。もしもそれで茜がその気になっていれば、寝ていたかもしれない。
「なんだ? 茜は俺のものだとでも言うつもりか? おまえ、ソッチ系なのかよ?」
 皮肉混じりに言い返すと、沢本は口角を吊り上げて笑った。
「ばーか。男相手だとたつモノもたたねぇよ。さっき見ただろ。ニーナが茜にキスしているところ」
「それが? なんだよ? 姐さんの男だってのか? でもたかがキスだろ」
「たかがキスだ。でもそれをニーナが知ったら、どういう行動に出ると思う?」
 それを聞いてもビアンカは怯まなかった。
 所詮どんな美貌を手に入れようと、どんな権力を手にしていようと、ニーナとて娼婦には違いない。金さえ出せばどんな男にでも股を開くような女だ。そんな女が一人の男に入れ込み、嫉妬する? 自分は毎夜、別の男に抱かれているくせにと思った。
 すると沢本はそんなビアンカの思考を表情から読み取ったらしい。ますます面白そうに笑った。
「ニーナは確かに娼婦さ。一流のな。ちょっとやそっとの金では、指一本触れさせねぇ。それに一度自分を抱いた男は、二度と抱かせねぇ。だからみんなニーナを欲しがる。一度でいいから最高の女を抱きたいとな。そのニーナが唯一金を貰わず、そして自分から求めるのが茜だ。茜の馬鹿はそんなニーナの気持ちを知っているのか、それとも知らないのかわからないが、のらりくらりとしていやがる。あいつは危機管理がねぇからな。もしニーナが「ビアンカとキスをした?」と聞けば、簡単に答えるぞ。「うん、一度だけ。それが?」ってな。俺ならそれを口止めしてやれるがな?」
 そう言って沢本はまた煙草を口に咥えた。なかなか火がつかず、少し苛立ちを見せつつも、なんとか火を灯す。

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