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55 殺戮のBB

 タイラーが消えれば、沢本とニーナがこの街の支配者だ。いつか新しい勢力が顔を出す時、また戦争もどきの騒ぎがこの街に起こるだろう。
 しかし、今すぐ手勢を増やさなければと焦る時でもないように思えた。
「嫌ですよ。BBとしてなら依頼を受けましょう」
「まぁ、それでもいいが。薬をやらないってだけで、この街では案外貴重だ。薬をやる奴にはろくな奴がいねぇ。そのうえおまえらは生き残った。だから気にいった」
 言うだけ言ったらもう興味はないとばかりに、沢本は窓から姿を消した。
 ビアンカとバートはどちらともなく溜め息をつく。
「あーあ、タダ働きでこのざまかよ……ちくしょう」
「おや? ビアだけでも沢本の手勢になりますか?」
「冗談じゃねぇよ。命がいくつあっても足りねぇよ。今回はたまたま生き残ったってだけだろ」
「そうですね」
 自然と歩き出した二人だが、ビアンカがふらついて倒れそうになる。バートが片手で支えてくれるが、そろそろビアンカの気力も限界のようだった。
「倒れたら置いて行きますよ」
「それが相棒に言う言葉かよ?」
「支えてあげたじゃないですか」
 しれっとした顔で笑うバートの手を払い、ビアンカは自分の足で歩き出した。
 ハウンドの援軍らしき車がこちらに向かってきた。今更遅いと思いつつ、その傍らを歩き続ける。
「それにしても、どうなるんですかねぇ、この先」
「さぁな? 誰が上に立とうと同じさ」
 結局ここは犯罪者たちの楽園・デッドシティ。人生の行き止まりの果てにある、死と隣り合わせの悪徳の街。
 勢力図が変わっても、変わらず犯罪者たちが闊歩する。
 血と硝煙の匂いがこびりついて離れない場所だった。


 空の薬莢が床に落ちる軽やかな音が響く。その瞬間にタイラーは手を突き出し、首を痛めるのではないかというほどに激しく左右に振った。
「ま、待て! 待ってくれ! 今俺を殺したら組織がどうなると思う!」
「それを今から試すところだ」
 要は躊躇わずにタイラーの肩を撃ち抜いた。その衝撃に椅子事壁にたたきつけられて、タイラーは床に転げ落ちた。撃たれた肩を押さえつけ、それでも必死に逃げようとしている。
「いっ! あっ……! やめろ、やめてくれ!」
「なぁ、タイラー。俺はこれでも慎み深いんで、互いの領分をはき違えないうちは、あんたが何をしても自由だと思っていたさ」
 そう言うと後ろで笑いがこぼれた。肩越しに視線を向けると、にやにやと笑っている。
「うるせぇぞ、外野」
「要さん、慎み深いって意味わかって言ってるんスか?」
「殺されたくなきゃ、領分をはき違えないでおとなしくしていろ。そういう意味だ」
 そう言うとさらに笑いがこぼれた。その空間で笑っていないのは、撃たれたタイラーと銃を向ける沢本くらいだった。
 リオンに爆薬の流れを追わせていくうちに、タイラーの元に新規の手勢が増えていくのと武器と爆薬が流れ着く時期が一緒だということに気付いた。
 タイラーはことさら慎重に動くために、できるだけ遠くの市街地から少しずつ運び入れていた。
 だがそれが仇となる。
 リオンが扱うのは大戦前の軍事軌道上に展開された衛生監視装置。デッド・シティに入り込む輩の動きを特定すれば、どこからどこへ行くのか二十四時間を通して監視できる。タイラーの手勢が接触する新顔のバイヤーたちは、新しいドラッグと弾薬と共にデッド・シティに入り込む。その映像をしっかりと洗い出したのだ。
「俺は昔からドラッグってやつが忌々しくてならない。でもこんなくそったれな街にはなくてはならない必要悪でもある。だからそこは全部あんたに任せた。あんたはドラッグの全部のうまみを独り占めしてきたんだぜ? どうしてそこで満足できなかったんだよ? 俺を殺したところで、この街の支配者にはなれないぞ? せいぜい軍に制圧されて街ごと解体されて終わりだ」
 タイラーはもちろん、ニーナも要がリオンを使って軍事衛星監視装置を運用していることは知らない。ましてやキラー衛生の存在など、知りもしないだろう。
 デッド・シティが消されない理由がこれだ。かつてその存在を死に物狂いで探していた軍と、競いあうようにして探し当てて掌握した要が手にした権力。
 ハウンドの手勢ですら、それを知らない。
 知っているのはあの時の争奪戦に巻き込まれた、運用するリオンと要、リオンをかくまっていた茜や共に戦った悠里たちだ。
「よく考えれば、最初にあんたのところで爆弾が持ち込まれて人が死んだとき、くたばった連中はみんなあんたにたてつく目障りな幹部ばかりだったなぁ? ずいぶん都合よく、邪魔者だけが死んでくれたもんだ。俺のところとは大違いだ」
 沢本はそう言って部屋の隅へと逃げるように後退ったタイラーへと近づく。アサルトライフルを構えて、銃口を定めた。
「さてタイラー。名残惜しいが、そろそろ終わりの時間だ。あんたのおかげでこの街の大掃除をしなきゃならない」
「待ってくれ沢本! 俺は街を出る! もう二度とデッド・シティには戻らない。だから、見逃してくれ! な? 頼むよ?」
「俺がそんな優しい男に見えるか?」
 そう言うと後ろから間髪入れずにヤジが飛んできた。
「見えねぇっス!」
「優しいって意味わかって言ってるんスか?」
 ハウンドの統制はとれているほうだが、多少の軽口くらいは許している。そうでもしなければ、このデッド・シティで組織をまとめ上げられない。荒くれどもばかりが相手なのだから。
 だからと言って、なんでも許すわけでもない。沢本はにやりと笑った。
「おまえら後でフル装備のままでスクワット二百回な」
「鬼っ!」
「悪魔!」
「三百回はやってもらう」
 そう言うと嘆くような悲鳴が上がった。沢本は改めて銃を構えなおした。
「やめろ!」
「おまえのやり口で殺された奴らは、それすら言わせてもらえなかったんだぜ?」
 沢本とはそう言うと引き金を引いた。セミオートにしていたため、弾丸は三発ずつ撃ち込まれる。タイラーは悲鳴を上げてのたうち回り、そしてやがてピクリとも動かなくなっていく。
 部屋中に血と臓物と硝煙の匂いが充満し始めて、やがて沢本はアサルトライフルを握っていた腕を下した。
「ったく……手間かけさせやがって。おまえらはストリートに戻ってタイラーの残党を片付けろ。俺はいったん戻る。エイベルの葬式の手配もしなきゃならねぇ……」
 使える手勢が次々に減っていく。エイベルは腕っぷしが強いだけではなく、よく頭が回る男だった。確か恋人もいたはずだ。
 ハウンドの手勢が死ぬのは初めてのことではない。それでもこうした空気にはなれるものではない。
「了解だ、ボス。あとは俺らに任せてくださいよ」
「任せるぞ。終わったらスクワット三百回忘れるなよ」
「……冗談じゃなかったんスか?」
「あの状況で冗談を言うとでも思ったか?」
 そう言ってやると、口々に不満を漏らしながら部屋を出ていこうとする。
「あと二人残ってこの部屋からめぼしいもの運び出せ。どうせもうタイラーには不要なものだ。迷惑料としてもらってやる」
 沢本はそういうと懐から煙草を取り出して一本を咥えた。ライターで火を灯して、もう虫の息のタイラーに視線を投げかける。
 バカなことをした男だと思う。欲を出さずにいれば、このデッド・シティで沢本と二分するだけの金と力を持っていられただろうにと。
 もっとも力に関しては少々見方が変わる。せいぜいタイラーは手勢に武装させるのが関の山だ。しかし沢本は自分の手勢を単なる荒くれものではいさせなかった。
 全員を統制のとれた訓練を積ませた。軍人崩れ程度には仕上がるだけの武器弾薬の扱いから、作戦行動がとれるように育てた。
 本物の軍人と渡り合うために、ここまで組織を育て上げた。
 デッド・シティを守るために。
「さぁ、行動に移れ。夜明けまではキリキリ働けよ」
「はいよ、ボス」
 手勢たちがそれぞれ動き出すのを肩越しに見ながら、沢本は部屋を後にするのだった。

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