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05 剣鬼

 第一区画も第二区画もほとんどが商業施設だ。住宅が多いのは第三区画から第四区画に多い。しかし第三区画寄りの第二区画一部には住宅も紛れ込んでいる。連中もそうしたフラットを選んで借りたのだろう。目印にした鍛冶屋より少し離れた位置に、水色の外壁のフラットがあった。
「ここだな……」
 セシリアの借りているフラットから近い。こんな近場に害虫がいたのでは、ますますセシリアが戻ってこないに違いないとロニーは思った。
「さてと、ゴキブリ退治と行くか……」
 そう呟いてロニーは階段を上っていく。
 平地を歩くよりも階段の上り下りの方が辛い。そのたびに脇腹の傷口が特に引きつれる。鎮痛剤は飲んではいたが、麻酔ではないので、痛覚を遮断するような代物ではない。安静にしていれば、痛みも紛れるがこう動き回っていたのでは、効果など得られるはずもなかった。
 ガウトの商売道具の一つでもある麻薬にでも手を出せば、少しは気が紛れるのだろうが、あんなものを使った日にはもう倭刀は振るえない。感覚のわずかな鈍さでも生まれれば、棒切れを振り回すのと一緒だ。だからロニーは麻薬の類いには、一切手を出さないことにしていた。時折、麻薬に手を出す馬鹿もいたが、そうした連中は遠からず死ぬ。
 こうしてみれば女にも麻薬にも手を出さないロニーは、荒くれ者のマフィアの中では随分大人しいように見える。しかしロニーの本領はこの倭刀を握る時にある。だからこそナンバーフォーという位置に上り詰めた。母親を殺した日から組織の庇護で生きてきた。そのためにロニーができることは、その身一つで組織に降りかかる災厄という名の露払いをすることだけだったからだ。
 インターホンを何度も鳴らす。ついでにドアも何度か叩いてから横に移動した。倭刀の鞘を握り抜刀する。
 知らず口元には凶悪な笑みが宿っていた。多分自分の感覚はおかしいのだろう。今のロニーには隠しきれない殺意に興奮が伴っていた。これをもっと簡潔に言葉にするなら、『楽しい』という一言になる。とてもまともじゃないと自覚はできるが、直したいとは思わない。
 そうでなければ人など殺せない。罪悪感の一つも覚えず人を殺せるのは、相手が人だと思っていないからだ。そうして力で他者を殺すことで生きてきた。今更生き方を変えられない。
 刀身を静かに構え、眼前で刃を見つめた。
 先ほど殺した男の血が、刀身から微かに香った。
「誰だよ、うっせぇな!」
 ドアが開いた。それに合わせ、ロニーは垂直に倭刀を振り下ろした。刀身から鞘へそして手のひらへ伝わる衝撃。肉を切り、骨を断つ、その確かな手ごたえと共に血しぶきが舞う。
「え…あ、うわぁぁ!」
 すっぱりと切断され、一瞬痛みを知覚できなかったようだ。自分の手が地面に落ちる瞬間を目撃し思考が停止したのか、茫然と見つめた後に男は悲鳴を上げた。
 前腕の途中から切り落とされた手は玄関に落ちた。筋が引っ張られて、ゆっくりと指が曲がる。ロニーはそれを蹴り飛ばして中に押し入った。血をまき散らしながら、空き缶のように切り落とされた腕は転がった。
 後ろに下がろうとして、膝から崩れ落ちるようにして男は尻餅をついた。目は見開き、ロニーから逸らすことができないでいる。その瞳に宿す色は恐怖だった。
「先日の鬼ごっこは楽しかったぜ。もう一回遊ぼうや、なぁ? 待ちきれないから俺から遊びにきてやったぞ」
 男は恐怖と混乱から茫然としてロニーを見上げていた。地上者は倭刀の恐怖を知らない。骨董品のような古い武器だと嘲笑い、銃こそが正義だと言う。
 レーザーガンもレーザーナイフも存在する。しかしそれを使用するにはバッテリーが欠かせない。現在は小型化されてはいるものの、使用にあたっては時間が制限されてしまう。
 そんないつ使えなくなるかわからないガラクタよりも、倭刀のほうが確かだ。傷口を炭化させ、出血を押さえるレーザー系の武器よりも、派手な出血の方がより痛みと恐怖を与えることができる。
 自分たちは殺し屋じゃない。マフィアだ。殺すことだけが目的なわけではない。組織の力を誇示するために、恐怖を骨の髄まで染み込ませてやる。そのためにはより残虐に、そして目を覆う程の凄惨なやり口で血に染める。それがガウトの流儀でありロニーの本質でもあった。
 切断された腕の傷口を押さえ、生まれて初めて恐怖を目にしたかのように、蒼白になり歯をカチカチと鳴らしながら、浅い呼吸を繰り返し、男はロニーを見上げていた。自分の身に起こっていることがなんなのか、今も把握していないようだった。
「なんだ、切られるのは初めてか? 今すぐ病院へ行けばくっ付けてくれるぞ?」
 そう言ってロニーは口元に笑みを浮かべる。切断面が美しければ美しい程、接合手術はうまくいく。それにそうした手術にエイキンの医者は慣れている。問題を起こし他の都市にはいられなくなった医者がエイキンに逃げ込めば、毎日刀傷や銃創、切り落とされた手足の縫合などの整形外科治療ばかり行うことになる。そうしていつしか闇医者同然になってしまうのがエイキンという魔都だった。
 そしてロニーが笑えば笑う程、その赤い髪が血で染まっているかのような錯覚を覚えるだろう。男は脱兎のごとく逃げ出そうとした。だが逃がすロニーではない。素早く踏み込んで躊躇うことなく、背中から刀身を突き刺した。
「…っあ!」
 そして襟を掴んで、崩れ落ちそうになるところを無理やり引きずり起こす。血液が衣服を濡らし、刀身を伝って滴が垂れた。
 ロニーは背後から耳打ちするように囁く。
「まぁ、病院には歩いて行けそうにねぇみたいだが」
 悲鳴に気付いた仲間たちが、銃を片手に集まりだした。ロニーは突き刺した男を盾にしたまま中に進んだ。
 右側のドアが開いたところで、飛び出そうとしていた男を一人ドアごと蹴り飛ばした。前から撃ってきたので、盾にした男に隠れるように襟を掴んで更に奥へと進む。
「がっ、い、ぎっ、やめ、うっ!」
「おまえの友達はサドばっかりだなぁ?」
 皮肉めいた軽口を叩きつつ、ロニーはそれでも歩みを止めない。距離が狭まればロニーの倭刀の餌食になる。そのためにロニーの足止めをしようと撃てば撃つ程、瀕死の仲間に鉛玉を撃ちこむ結果になる。体から流れ出る血液がびちゃびちゃと廊下に垂れた。恐怖で出鱈目に撃つ弾は、まともに狙って撃っていないので、ロニーにかすりもしなかった。
 更にロニーは撃たれることに対する恐怖を、まるで感じていないかのように押し入り、盾とした男の背を蹴り突き刺した倭刀を引き抜いた。
「さぁ、遊んでくれよ!」
 ついに居間に到達した。ロニーは笑って血に塗れた倭刀を構えた。
「うわぁぁ!」
 地上で悪さをして誰を病院送りにした、誰を殺したと息巻いてきた連中だが、この悪徳の街エイキンで生き抜いてきたロニーとは圧倒的に場数が違う。
 素人相手に息巻いてきた連中は、見せしめのために人を殺すような連中との殺し合いなど経験がない。
 一方的に自分たちが有利な状況で行ってきただけに、突然のことに対処できない。
 ロニーは逃げ出そうとして背を向けた男を袈裟懸けに切りつけた。倭刀の切れ味はすさまじい。銃よりも余程大きな負傷となる。衣服を切り裂き背の皮膚をそして骨を断ち切る。脊髄に到達した刀身はそのまま神経も骨をも断ち切った。この世の物とは思えない絶叫が響き渡る。
「死ねぇぇ!」
 ソファーの陰に身を隠し、ロニーに向かって銃口を定めて引き金を引く。無意識にロニーは笑っていた。
 いちいち死ねと前置きして攻撃しては、「これから攻撃するぞ」と敵に教えているようなものだ。この連中は心底殺し合いというものをわかっていない。こんな連中に鉛玉を撃ちこまれたのだと思うと、怒りすら湧いてきそうだった。
 ロニーは駆け出し壁を蹴って身を捻り銃弾の軌道から逃れた。その急激な動きで脇腹の傷口が開いたのがわかったが、歯を食いしばりわずかに眉を寄せるだけに留め、そしてその勢いに便乗して倭刀を水平に振る。
 さすがに銃そのものは切断できないが、銃を構える手を切り裂くことはできた。絶叫の後に掴み切れなかった銃が投げ出されて転がっていく。
 背後で物音がした。先ほどドアごと蹴りだされた男が、ロニーの背後から怒りの形相で迫ってきた。
 ロニーはベルトに挟んでいた銃を左手で引き抜き、ろくに狙いも定めずに三度引き金を絞る。そのうちの一発は男の眼球を直撃し、男は絶叫と共に崩れ落ちた。
「得意じゃねぇが、使えねぇわけでもねぇんだぜ?」
 にやりと笑い、手を押さえて逃げようとしていた男の背に一発撃ちこむ。

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