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22 殺戮のBB

「もしそれをニーナが聞けば、ニーナは茜の前では笑って何事もなかったかのように済ますが、茜の元を離れた途端に用心棒たちにこう言うんだぜ? その女を連れてきて、目の前でなぶり殺しにして、ってな。実際、そうやって殺された女たちは多々いる。茜は能天気だから、ニーナが自分に甘えてくる姿しか知らない。俺が何でこんな事を知っているかと言うと、そうやって茜に迫って口説こうとした女を捜す仕事を引き受けたからさ。つまり俺がうっかり、「そういや、この間ビアンカが嫌がる茜に、無理矢理キスしてたぜ」と一言でも言うと、生きたまま皮はがされて、なぶり殺しにされるぞ」
 それを聞いたビアンカはぞっとした。実際、睡蓮華の用心棒たちは無礼を働く客は客と見なさず、路地裏に引きずっていって殺すことさえある。ビアンカもあの爆破事件の前にニーナに遭遇したとき、不味いと危機を抱いたくらいだ。
「それは……あたしに対する脅しか?」
「いや、忠告。俺は結構優しいからなぁ? 茜医院には手を出すなって警告は、徹底させているんだ。それでも聞かない馬鹿がいるから困ったもんだぜ」
 そう言ってちっとも困っていない、むしろ爽快な笑顔で煙草を吹かした。どう聞いて忠告というよりは、脅迫にしか聞こえない。ばらされたくなければ、言う事を聞けといわれたようなものだ。
「なんだよ、金で男に股開く女のくせに、一人前に嫉妬かよ」
「おまえ、娼婦を馬鹿にしすぎだ。俺はおまえに金を払ってまで、やりたいと思わないぞ。おまえには色気がない。魅力がない。そそられない。全裸で横にいても欲情しない。視線一つで男が欲しいと思わずにはいられない、そんな魔的な力がごっそりない。乳がでかいだけで、何の努力もしてねぇ女なんて抱く気にもならねぇよ」
 さすがにカチンと来たビアンカは、短くなりつつあった煙草を地面に投げ捨てた。
「言わせておけば! それはあんたの好みじゃないってだけの話だろ!」
 別に沢本と寝たいとは思わないが、心底バカにするような視線が癪に障った。沢本は同じ底辺で生きてきた匂いがする。ゴミのように捨てられ、ゴミをあさって物を奪い、人を殺してきたクズの匂いだ。そんな同族に向けられた軽蔑のまなざしは、ひどくビアンカを傷つけた。
「だからだ。ニーナは相手の好みも全部一瞬で崩壊させる。例えどんな強烈な性癖の持ち主であっても、ニーナを前にして狂わない男はいない。しいて言うと、茜くらいの鈍い男くらいか、正気でいられるのは」
 そう言うと沢本は喉を鳴らして笑った。
「まぁ、あいつは鈍いのか、聡いのか、本当はわからないけどな。わかっているから、気付かないフリをしているのかもしれない。なぁおまえ、茜をどう思う?」
「究極のお人よし。天然記念物なみだ」
「違いねぇ。あいつと話していると妙に調子が狂う。でも嫌じゃなかっただろ?」
 のらりくらりとしていて、つかみどころがなくて、呆れるくらいのお人よし。だが甘いだけではない。昨日初めて顔を合わせたばかりだが、確かに嫌だと思わなかった。むしろ、心地よいくらいだった。
「俺は様々な力を手にしている。その力の一つ一つは、絶対に茜がマネできないほどの力だ。その気になれば、小規模な戦争だってやれるぜ。それはどうしたって茜には出来ないことだ。だが俺は茜の存在には勝てる気がしねぇ。殺そうと思えば、いつでもやれる。多分あいつは俺が銃口を向けると、ひどく悲しそうな顔をするだろう。傷つくだろう。でも抵抗はしないだろう。俺があいつを殺す必要があると判断したんだと、納得して殺されてくれるだろう。それでも俺はあいつを殺しても、あいつの存在には勝てない」
 酷く抽象的な言い回しをされているような気がする。だが沢本の言いたいこともなんとなくわかる気がした。
「俺は力で全てを従える。だが茜は何もしなくても、無条件で相手を鷲掴みにしてしまう。この俺が唯一勝てない相手だよ」
 力で従えるのではなく、人間性で従える。この荒廃した世界では稀有な存在だ。それも損得勘定もなく、善意をもって相手に接する人間なんてビアンカは初めて見た。
「つまりニーナにとってもそうなんだよ。茜より顔がよくて金もあって、ニーナを大切して、命かけて尽くしても、ニーナにとってはもう茜以外の男の存在は霞む。だがこの街で生きてきた女だ。娼婦として一流となり、一流だからこそ権力を手にした。この辺りの経済の一旦を掴んでいる。それを橋掛かりに、別の権力だって手にしているさ。その立場を理解しているから、娼婦をやめない。それにな、睡蓮華の女たちもそうだが、ニーナも自分自身に相当金をかけて自分を磨いている。超一流の女たちだ。股開くだけだと思うな。おまのように肌荒れや傷のある体の女はいねぇぞ。肌はもちろん髪の毛から爪の先まで完璧であるために、どれ程の努力をしていると思う? おまえは娼婦だからと、見下しているようだが、娼婦から見ればおまえも十分に見下せる対象だよ」
 冷ややかな沢本の言葉に、逆にビアンカの頭は沸騰しそうだった。なぜここまで罵倒されなければならないと思う。無意識にナイフを抜いた。

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