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02 セシリアと猫

「あぁ、ごめんごめん。間違って聞こえるように言ったわ。あたし猫は好きよ。触りたいの。でも猫が触らせてくれないのよね。触る前に逃げられちゃうの」
 おかしそうに笑って言うセシルを見て、チャドとロニーはそろって納得するように頷いた。
「あー、いるいる、そういう奴」
 ロニーはそう言うと匙ですくったアンニンドゥーフーを食べた。チャドも納得するように頷く。
「たまにいますよね。どんな人懐こい猫にでも逃げられる人って」
 チャドとロニーは地下都市生まれの地下都市育ちで、猫はあちこちにいるのが普通だったのだろう。
 しかしセシリアにしてみれば、猫は飼っている家にいるペットであり、あちこちで見かける存在ではなかった。
 地上や地下都市に来て、初めてあちこちにいるものだと知ったくらいだ。
 猫の事をよくわかっているような二人の発言に、セシリアは不満そうな表情を浮かべた。
「揃って断言されると、なんかこう、イラッとするわね」
 アンニンドゥーフーをすくおうとしながら、セシルは不愉快そうに言うと、ロニーが顔をあげてニヤリと笑う。
「殺気でも出てるんじゃね?」
「あんたにだけは言われたくないわ」
 匙をロニーに向けると、ロニーはますます楽しそうに笑った。常日頃倭刀を所持し、相手がマフィアならば切り刻んで殺すことも厭わない本物のマフィアの癖に、セシリアに懐いている姿を見るとそれを忘れてしまうことがある。
 けれど通りを一緒に歩いている時など、ロニーに向けられる他人からの視線に気付くと、恐れられているんだなと思うことがある。
 見てはならない存在を見たというように視線を逸らすものもいれば、憎しみに近い視線をぶつける者もいる。倭刀に視線注ぎ、不安そうに見る者もいれば、ロニーを目にした途端に道を引き返す者もいる。
 セシリアの知っているロニーと、この街で知られたロニー・フェリックスは、まるで別人のような気がする時もあった。
「そう言えば猫道って聞いたことありますか?」
 チャドの質問にセシリアは首を傾げた。聞いたことのない単語だった。
「なにそれ?」
 さっそくアンニンドゥーフーをすくって食べる。ひんやりとしてつるりと滑り込む食感。口の中に広がる甘さは爽やかだ。
「四都市すべてを渡り歩く猫がいるんだそうです。なんか猫にしかわからない、都市を繋ぐ道があるとかなんとか」
 都市伝説の類いにしては、随分可愛らしい話だった。地上と地下は誰でも行き来が出来るけれど、地上都市から空中都市へ、地上から海底都市へと移動するのは困難だ。それ相応の金と力がなければできない。
 特に空中都市は四つの気団と複数の島で成り立っている。天空図を読んで移動するのは航空師でなければできるものではない。
 ふとそんなことを考えた瞬間に、女運の悪い知り合いの顔が浮かんだ。
「そんな便利な抜け道を知っている猫がいたら、ジョルノ辺りはますます食いっぱぐれね」
 知り合いの航空師の名を出すと、途端にロニーは不愉快そうな表情になった。セシリアの周りに見知らぬ男がいても不愉快そうだが、知っている男がいても不愉快そうな顔をする。セシリアの近くに男がいてそんな顔をしないのは、セシリアの恋愛対象とはなりえない年齢の子供か年寄りくらいだ。
 セシリアと出会うまでは極度の女嫌いで、現在もセシリア以外の女性は大嫌いと公言する程の筋金入りの女嫌いのロニーは、セシリアに関しては極端なくらいの嫉妬心を持ち合わせる。
 決してセシリアとジョルノの関係は、男女の関係に発展することはないのだが、それでもセシリアと親しいというだけで不愉快らしい。
 あのお人よしはやればできるのに、なかなか本気を出さない。どれだけ女運が悪いのか、女性が絡んだ仕事は大抵トラブルにしかならないと本気で公言しているが、トラブルを吸い寄せているような気がする。
 簡単に終わるはずの仕事が大事になるのは、災厄の神に愛されているとしか思えない。
 そう言えば仕事がらみでロニーとジョルノが同席したとき、ロニーの第一声が「セシル、こいつ殺していい?」だったなぁと思い出す。第一印象が最悪なはずなのに、なぜかジョルノは「こいつ怖ぇよ!」と言いながらも、嫌悪を浮かべることはなかった。

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