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16 殺戮のBB

 ハウンドの頂点とはいえ、すべてを把握しているわけではない。だが圧倒的にデッドシティの大部分を支配している沢本が、把握していないということは新興勢力であることに間違いない。
「当分騒がしくなるな。茜、この場所にもうちの連中を置く。いいな?」
 沢本が当然のようにそう言うと、茜はきょとんとした表情を浮かべた。
「どうして? 僕は要さんのような裏の商売じゃないもの。それに大した儲けは出てないよ、ここ?」
 心からそう思っているのだろう。すると沢本はカップを机の上に置き、茜に指を突きつけた。
「儲けが出ないのは、おまえがお人よしな診療するからだ、馬鹿! ディザートチャイルドの金を払わないガキどもの診察なんて断れって、何度も言ってるだろ?」
「しょうがないじゃない、ないものはないんだからさ。それにその分、お手伝いしてもらっているよ? 医院の掃除とか、買い物とか」
「それでどこに儲けが出るんだ!? 一円も払わない馬鹿に薬使って、その薬の代金はてめぇの懐から出て行く一方じゃねぇか」
「でも、その分はお金を持っている人から上乗せで頂戴しているし」
 そう言ってにこりと笑いかける茜を見て、ビアンカは「こいつは真性の馬鹿だ」と思った。
 世の中にそんなお人よしが存在し、それで生きていること事体が信じられない。これは同じ人間なのだろうかと疑うほどだ。
「当たり前だ! 金を持っている奴からはふんだくれ!」
「でもあまり取ったら悪いから二割増しにしかしてないよ」
「倍額にしろと言ってるんだ。本当に、これだからおまえは……なぁ、BB。おまえも呆れるだろ?」
 突然話を振られたビアンカだったが、沢本の意見には大いに納得した。
「あたしはデッドシティに来て三年だが、向こうでもここでもあんたみたいな馬鹿はいない。はじめて見た。先生、あんたよく今まで生きて来られたな」
 これではカモネギだ。ちょっと同情を誘う演技でもすれば、ころりと騙せるような気がする。
 ビアンカの意見には沢本も同意らしく、うんうんと頷くと茜の肩を叩いた。
「ほら見ろ? 茜はそんなんだから、ここに爆弾を持ち込む馬鹿がいても『はい、今日はどうしました?』なんて言って診察しようとするだろう。それであっけなく巻き込まれて死ぬんだ。おまえもいい加減に自分の立場を把握しろ。このデッドシティでは、おまえの存在はそう安いものじゃないんだよ」
「大袈裟だなぁ、要さんは」
 そう言って笑う茜は、本当に心からそう思っているのだろう。
 このご時勢に、ましてやこんな犯罪都市には似合わない人種だ。なぜこんな場所で開業しているのだろうかと不思議に思う。まだ若いのだから、都市に出て金持ちだけを相手にして診療しているほうが、はるかに儲かるだろう。
 医療行為が平等ではない世界で、そしてこのデッドシティで開業している茜は、確かにデッドシティでは貴重な人材だ。
 だからこそ、沢本も世話を焼くのだろう。手を差し伸ばさずにはいられない、そんな危うさをかかえているから。
「はぁ……まったく、おまえってやつは……一度は痛い目に遭えばいいと思うが、おまえの場合、その一度で死にそうだから怖いよ。ともかく、うちの連中を置くからな! 追い返したりするなよ。おまえに言いくるめられて、のこのこ帰ってきた奴は、俺が殺す。俺に殺しをやらせたくなければ、追い返すな。いいな?」
「しょうがないなぁ。でもこの様子じゃ、忙しくて人手も足りなくなるだろう? そんな時までは、置かなくていいからね?」
「心配するな。人手ならフリーの連中に声をかける。ということでどうだ、BB? マンハントの仕事だ、引き受けるか?」
 沢本がビアンカに仕事を振ってきた。正直、当分仕事はしたくなかったが、もしもこの一連の事件が同一の組織なら、ビアンカも被害者だ。なにせ部屋は吹き飛ばされる、怪我はさせられると、二度も被害を被っている。
「オーケー、乗った。引き受ける。金の交渉はバートに任せてある。バートなら睡蓮華にいるはずだ」
「了解。金と仕事の話はそいつと会ってからにしよう。俺に連絡を取りたい場合は、フォーストリート表通りのデッドエンドって店の堂妙寺という店主に言え」
「え? 堂妙寺? あんたもあそこのピザ食うの?」
「あん? まぁ、食うが……なんだ、おまえも顔なじみか」
「あぁ! あそこのピザうまいよなぁ! 今日も食ってきたところだ」
 食べ物の話しになると、途端に笑顔になったので沢本は面食らったようだが、やがて苦笑に変わる。
「堂妙寺は俺と繋がりがある。あいつに言ったことは間違いなく俺に伝わる。覚えておけ」
「わかった。あー、それにしても腹減ってきた。それにもう眠い。なぁ、先生。そこの診察台でいいから寝かせてくれ。あたし、部屋が吹き飛んでなくなったから、泊まるところないんだ」
 両手を合わせて言ってみる。極度のお人よしならこれで楽勝なはずだ。案の定、これまでの事情を聞いていた茜は、ふぅっと溜め息を漏らしはしたが頷いて見せた。
「しょうがないなぁ。でもいつ急患が来るかわからないから診察台はダメ。廊下の奥の突き当たりの少し手前に点滴室があるから、そこのベッドでよければいいよ」
 言ってみるものだ。いや、茜にならちょっと弱い部分を見せれば、簡単に引っかかってくれると、この短い時間の付き合いだけでわかった。
「マジで!」
 タダで寝床を確保できたことに喜んで、ビアンカは椅子から立ち上がると、茜の両頬を掴んで強引にキスをした。目を丸くして驚いたままの茜の表情を見て、満足そうに笑うとビアンカは素早く離れて身を翻す。
「愛してるぜ、先生! じゃ、おやすみ」
 ひらひらと手を振って歩き出すと、背後から沢本の苦笑が聞こえた。
 一分一秒でも早く寝たいビアンカは、目的の点滴室を見つけると、ブーツを脱ぐのですらもどかしく、脱いだそばから放り投げ、一番近い場所の冷たいベッドに倒れるようにもぐりこんだ。
 散々な一日の疲れは、瞬く間にビアンカを眠りの世界へ引き込むのだった。

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