見出し画像

26 殺戮のBB

 取り囲んでいる人数は約五名程度だろう。沢本は余裕を失わず、そしてバートは唸りつつ諦めて席に座り頭を抱えた。沢本が手を振るだけで、銃口を向けていた男たちは銃を納め、しかし視線だけをこちらに向けている。
「いつもそれとなく手勢を連れているのか?」
 場の空気を読むことなく、ビアンカはさっそくパスタに取り掛かる。ここで撃ち殺す気があるなら、とっくにそうなっているだろう。
 沢本は微かに口角を吊り上げ、余裕の表情を浮かべていた。
「いや、たまたまそこにいたから、それとなく周囲にいるように合図したまで」
 偶然? 必然だとしたらいつからだろうか? この場所へ来るように連絡する暇はなかったはずだ。そうなれば、やはり偶然ということになるが、そんなありえない程の偶然が重なる程、この街はハウンドが浸透しているということになる。
 改めてビアンカはぞっとした。口先だけの男じゃないし、噂だけが独り歩きしたわけではないらしい。
「そりゃ随分都合のいいことで。もうギャラはねぇんだから、仕事の話ししようぜ」
 トマトの酸味と牛肉のコクはまぁまぁだが、それでもデッドエンドのピザには劣る。一度風通しのいい部屋に戻るついでに、夕食はデッドエンドでとろうとビアンカは考えていた。
「ビアンカは被害者だからある程度は把握しているな? 昨日睡蓮華で爆破があっただろう? 実はここ連日ほかにも同様の手口で爆破事件が相次いでいる。俺の店もやられた。その実行犯はジャンキーだが、背後にはドラッグと爆薬を自在に用意できるだけの組織があると俺たちは見ている。恐らくはこのデッドシティを新たな市場にしたいと目論む連中だろう。そいつらがどこの誰かは不明だが、近いうちに判明する。そこで、連中がどこの誰かわかり次第、徹底的に叩く。末端組織だというなら、そこから上を登り上も叩く。塵一つ残さずだ。当然、関わった人間はガキだろうと女だろうと残さず殺す。禍根となる要素はすべて排除だ。おまえらにやってもらいたいことは、連中がどこの誰かわかり次第、こちらでプランを用意するから、それに従い殲滅しろ。以上だ」
 沢本の説明は実にわかりやすかった。こちらが探し回ることはせず、殺せと言われた人間だけを殺せばいいわけだ。仕事としてはこれ以上ないくらい楽なほうだろう。
「了解。それまでは好きにしていていいんだな?」
「あぁ。一日一度はフォーストリートのデッドエンドに顔を出せ。堂妙寺に状況を聞き出せば、いつ仕事になるかわかるさ」
 ビアンカはパスタをフォークに絡めながら、ふと思った事を口にした。
「なぁ。堂妙寺もハウンドなのか?」
 この街の人間は誰だろうと武器は使える。使えない人間がいるとすればあの医者くらいだろう。だから道明寺が目の前で人を殺したところで不思議はない。
 けれどもハウンドの息がかかっているとは思わなかった。
 すると沢本は否定するように首を振った。
「いや。奴はガキの頃からの腐れ縁だ。じゃぁ、契約成立だ。じゃぁな、外道神父。日頃の信仰心が足りねぇようだったな。次に俺とポーカーするときは、神様にお祈りしてから挑むんだな」
 バートが憎憎しげに睨み付けるが、当然沢本はどこ吹く風だ。だが席を立ち、一度は背を向けた沢本だったが、振り返るとテーブルに手をついて身を乗り出し、低い声で宣告した。
「しらばっくれて逃げたら、地獄の底まで追いかけていって殺してやるからな」
 恐らく脅迫の類ではなく、本気の宣言だ。言ったことは必ず成し遂げるだろう。ビアンカは短い付き合いながら、沢本に逆らうのは酷く気力も体力も使うことを覚え、はいはいと気のない返事をした。
「おまえこそ、部屋の斡旋忘れんなよ。出来るだけ早くな」
 緊張感のない声でそう言うと、沢本は口元を歪めて笑った。
「どんな部屋でも文句は言うなよ」
「フォーストリートから上だ。それで高くない部屋。五階以上は嫌」
 電力は行き届いているが、電気料金は馬鹿のように高い。エレベーターがまともに動く建物はそう多くはないため、階段が主流となる。
 そのためあまりに高層階だと毎日上り下りだけで、いい運動になってしまうし、あまり低い階だと泥棒が頻繁に出入りする。治安の良さなど求めるなら、デッドシティ以外の都市にしかない。
 注文を口にすると沢本は不愉快そうに眉を寄せたが、怒っているわけではないようだった。
「てめぇ、わがままだな」
「そのくらいいいだろ。こちとら部屋をなくして怪我して路上でひん剥かれてロハで仕事だ」
 棒読みに言い返すと、わかったよと返事を残して沢本は消えた。そして周囲を見回すと、先程バートとビアンカたちに銃口を向けていた男たちは、それとなく客に紛れ、どこへ行ったのかわからなくなっていた。

25><26


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?