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19 殺戮のBB

「うちの店で遊ばせてやると言っても、遊ばねぇんだぜ? そうだ、なんなら睡蓮華で遊ばせてやろうか? 手取り足取りで満足させてくれるぞ。幸い、そこにいるのが睡蓮華の女主人だ」
 そう言うとリオンは顔をあげたが、首を振った。
「いらないよ。別に女の子に不自由してないもん」
 そう言いつつ、若干頬が赤い。からかわれていることが恥ずかしいのか、照れているのかわからないが、茜の弟だと言われたら納得しそうな部類の人間だった。
「あら、たまには洗練された女を抱くのも男を磨くものよ?」
 ニーナが口添えをすると、リオンは益々赤くなった。
「い、いい、です」
 まったく顔をあげられなくなったリオンを見て、茜が苦笑する。
「みんなでリオン君をからかって遊ばないでよ」
「あら、あたしはからかってないわよ、営業よ、岳人先生? 先生もそうよ。店に遊びに来てって言っても、ちっとも遊びにいらっしゃらないんだから」
「ははは、僕の場合は夜間診療が主だからねぇ。営業時間が一緒じゃ、遊びになんて行けないよ」
 茜はそう言ってニーナを交わして、リオンの指に湿布をした。
「当分は無理できないからね」
「うん、わかった」
 従順な様子を見るからに、相当茜を慕っているのだろう。沢本に対してはどこか反抗めいた態度を見せるが、茜にはやけに素直だ。
「なぁ、おまえ。この先生の兄弟かなにか?」
 ビアンカが話しかけると、リオンは首を振った。顔立ちはもちろん、身体的な特徴にも似た箇所はない。だが雰囲気が二人は似ている気がした。
「僕は一人っ子だから弟はいないよ。でもちょっと前まで、ここで僕たちと生活していたから、弟みたいな感じかな」
 ビアンカの問いに岳人が答えた。
「ふうん。なんか性格が似てる」
「そ、そうかな?」
 言われたリオンはまんざら嫌でもないらしい。どことなく嬉しそうだ。
「冗談じゃねぇ。このデッドシティに茜なみのお人よしがもう一人いてたまるか。俺の身がもたねぇよ」
「別に面倒見てくれって頼んでいるわけじゃない」
「よく言うぜ。茜以上に弱いくせに、ボスに向ってよくそんな口が聞けるな」
 そう言うとリオンは言葉を詰まらせたが、その目はやはり反抗的だ。しかしその雰囲気から沢本がからかっているだけのようだ。沢本が許しているからリオンもそんな口が聞けるのだろう。だが沢本が許さない一線を越えれば、きっとリオンにも容赦はしないだろう。
 それでも茜だけは許されそうな気がする。
「はいはい、喧嘩しないの。どうせリオン君は口じゃ要さんに勝てないんだから」
 湿布を貼り終えた茜が、リオンの頭をぽんぽんと親しみを込めて叩いた。リオンは不服そうだったが、茜の言葉に従い、それ以上は沢本に突っかからなかった。
「ついでだ、リオン。おまえにも仕事だ」
 そう沢本が切り出すと、茜は振り返って沢本を見た。
「急用なら見ての通り、無理だよ」
 医者として釘を刺すと、リオンが反論した。
「でも左手は動くし、右も人差し指だけだから大丈夫。それで仕事って?」
「リンクレンツ軍の動きと合わせて、政府の動きに変化があったら知らせろ。それから出来そうなら爆薬が多く動いている周辺の都市を調べろ」
「了解。いつまでに?」
「逐一報告だ。一度の報告じゃ安心できない。状況が変化する可能性もある。変化がなくても定期的に報告をあげろ」
「わかった。じゃ、いつもの場所に情報はあげておく」
「頼んだぞ。報酬もいつも通りだが、今回は色をつけてやるよ」
「本当に?」
 プログラマーとは情報屋のことなのか? とビアンカが考えている最中も、二人の会話は進む。だがハウンドが単なる荒事を専門とする組織ではないことが、会話の端々に見て取れる。
 簡単に軍や政府の動きなど、この犯罪都市ではそんな情報の入手は不可能に思える。だがこの妙にあどけなさが残る青年が、それらの情報を入手できる力を持っていて、その能力を使えるハウンドのボスは、やはり只者ではないのだろう。
「ここにこれだけ証人がいるだろ?」
「あんたの場合、それでもしらばっくれる時は、しらばっくれるからなぁ。まぁ、いいや」
 そう言ってリオンは湿布をされて、動きがぎこちなくなった右手を見た。
「ありがと、岳人先生」
「あ、ちょっと待って。奥に父さんいるから、数日分の湿布を貰って、定期的に張り替えて。五日前後で痛みは引いてくると思うけど、もし痛みが引かないようならまた来て」
「わかった」
 そう言ってリオンは立ち上がり、カルテの棚から自分のものを探す。さすがに昔ここにいただけあり、茜の仕事の流れを熟知しているようだ。
「さて、BBの手当ても済んだし、後はおまえの相方とやらと会って、向こうで仕事の話をしようぜ。ニーナ、あんたはどうする?」
「迎えが来るまでここにいるわ」
「そうか。こっちで何かわかったら、そっちにも知らせるよ」
「えぇ、そうして頂戴。店を滅茶苦茶にしてくれた報いは、受けさせてやりたいのよ。うちの人間も必要なら貸し出すわ。人手が足りないなら言って頂戴」
 売春宿の主人ではあるが、商品である女の子たちに馬鹿な手出しをする男たちから守るために、腕の立つ用心棒を幾多もかかえているため、たかが売春宿の女主人と舐めてかかれないだけの力がある。要もそれは知っているが、
「その時はそうさせてもらうが、今はあの風通しのいい入り口から馬鹿が入り込まないように、しっかり見張らせなきゃならないだろ? 今はいいさ。うちに人員の余力はある。おい、BB、来いよ」
「ビアンカでいいよ。BBでもいいけど、バートの前でそれを言えば、あたしを呼んでいるのか、バートを呼んでいるのか、わからねぇし」
 そう言ってビアンカは診察台から降りた。そしてすっかり温くなった珈琲を飲み干し診察台の上にカップを置いた。
「茜、後でうちの連中来るから、くれぐれも追い返すなよ?」
 すでに診察室の入り口から廊下に出ていた沢本は、お人よしの友人にしっかりと釘を刺した。だが茜はなんの危機感もない笑顔で「はいはい」と生返事を返すばかりだった。
「じゃ、先生。またな」
 ひらひらと手を振って、沢本に続こうとすると、
「ビアンカ」
 とニーナが呼び止めた。
「ん? 何だよ、姐さん?」
 すると普段茜が座っている椅子から立ち上がったニーナが、机の上に置いてあるものを手にして近付いてきた。
 それは昨夜睡蓮華で外し、その後うやむやになったままのビアンカのナイフホルスターだった。
 一本のナイフは投擲し、その際そのまま爆発して使い物にならなくなったが、睡蓮華の女主人は命の恩人に報いるために、新しいナイフを補充しておいてくれたようだった。
「これじゃ礼にもならないけれど」
「いいよ、買う手間が省けた。ありがと、姐さん」
 そう言ってナイフホルスターを受け取ると、ビアンカは手馴れたようにして装着し、すでに外へと歩き出したハウンドのボスの背中を追いかけた。

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